エビデンス=科学的根拠を考える上で最も優れた研究法であるシステマティック (系統的) レビューを概観し、世界の主流である認知行動療法のメンタル疾患に対する効果について見ていきます。
目次
システマティック(系統的)レビュー
前回の記事「認知行動療法の効果とエビデンス1」は、臨床心理分野の6つの代表的な研究法の中の5つを概観し、特に質の高いランダム化比較試験(RCT) について色々お話ししました。今回は最後のシステマティックレビューを見てみましょう。
これは、6つの研究法の中で最も質の高いエビデンスを提供してくれるものです。システマティックレビューとは、個別の良質なランダム化比較試験を系統的に集め、それらを統合的に解析する研究のことであり、複数研究の統合でサンプル数が増大し統計的な確かさも高められます。
また、個別のRCT毎の結果が異なっていたとしてもそれらを統合した知見が得られます。
システマティックレビューの質の評価についてはGRADE*1と呼ばれるシステムが代表的で、メタアナリシス*2が用いられている場合は、効果量を標準化平均差(SMD)*3やリスク比率*3で算出したり、統計的有意性*4について信頼区間*5などを用いて検討することができます。
なお、認知行動療法のエビデンスを検討する場合、それに沿ったシステマティックレビューをまず調査し、十分にない場合は次善の策として個別のランダム化比較試験を検討する事になります。
コクランレビュー
システマティックレビューの調査に関し世界的に最も信頼され情報が多いものはコクラン(Cochrane) レビュー*6とされ、ウェブサイトから最新の世界の研究情報を取ることができます。
コクランのサイトでは2019年8月30日現在、認知行動療法をキーワードに検索したところ176件のシステマティックレビューが検索されました(一部に重複の可能性もあります)。
一方で精神分析*7は3 件、ブリーフセラピー*7は0件、クライエント中心療法*7は2件でした。もちろん、システマティックレビューの中でも質のレベルや効果量などにばらつきはありますし、参加者やアウトカム毎の検討も必要です。
しかし、エビデンスを検討する上で最も優れているシステマティックレビューの研究数で認知行動療法が圧倒的に多いことは、エビデンスの質向上への取り組み意欲の高さを示唆していると言えます。
次に述べる英国政府保健省のガイドラインの中でも、システマティックレビューが無い場合はそれだけでエビデンス不十分として疾患治療の第一選択とならないとの趣旨も述べられています。
また、認知行動療法はシステマティックレビューの前提となる個々のRCTの数の多さも圧倒的であると推定されます。ちなみに同日のコクランでの試験研究 (trial) の検索結果数は、認知行動療法が13,796件に対し、精神分析は2件、ブリーフセラピーは109件、クライエント中心療法の43件と桁違いの状況でした。
ちなみに、近年日本でも、数は海外ほど多くはないものの疾患に対する認知行動療法についてのシステマティックレビュー研究が医学系研究者などから発表されています。
例えば古川ら(2017) は、アムステルダム大学との共同研究で重度のうつに対する認知行動療法の効果をプラセボ(偽薬) と比較しました。
個人データメタアナリシスという精緻な方法で解析したところ、重度のうつに対しても認知行動療法は軽度のうつ同様に効果があり、そして投薬とも大きな効果の差がないことが示されました。
RCTに関しても同様に発表される研究が増えており、例えば吉永ら(2016) は、投薬治療効果の低い社会不安症に対する認知行動療法の効果を検証しています。
疾患に対する心理療法のガイドラインと認知行動療法
疾患に対する心理療法のガイドラインとして世界的に著名なものは、英国保健省の「NICE クリニカルガイドライン」、アメリカ心理学会(APA) ディビジョン12 (臨床心理部会) の「心理トリートメントのリサーチエビデンス」などです。
これらはランダム化比較試験を含むシステマティックレビューを中心にエビデンスを検討するもので、内容は適宜アップデートされています。
英国保健省(NHS) では「NICEクリニカルガイドライン」を発表していて、うつ、双極性障害、不安症、ボーダーラインパーソナリティー、摂食障害、強迫症、パニック症、恐怖症、PTSD、不眠症、アルコール使用障害、統合失調症、過敏性腸症候群、慢性疲労症候群、線維筋痛症などの多様な疾患に対して認知行動療法が効果を発揮することを認め、多くの疾患に対する治療法の主要な選択肢の一つに位置づけています。
ここで一つ一つを詳細に述べることはできませんが、例えば膨大なNICEガイドラインを簡潔にフローチャート化したNICE Pathwaysの成人うつケアのパートを見てみましょう。
これによると、閾値下あるいは軽度から中程度のうつに関しては、慢性的な身体的健康問題がなければ、一定の場合を除き当たり前のように抗うつ剤を処方するのではなく、6~8セッションのグループ認知行動療法、9~12週間のコンピューター認知行動療法プログラム、グループ運動療法なども選択肢として推奨しています。
これらの介入の効果がない場合や重いうつの場合は、抗うつ剤やより踏み込んだ内容の認知行動療法 (3~4ヶ月をかけて実施する16~20回の認知行動療法面談や行動活性化療法および追加セッション) を推奨しています。
他にも、認知行動療法に近い対人関係療法や行動的カップルセラピーなどがエビデンスのある手法としてリストアップされています。
アメリカ心理学会ディビジョン12 (臨床心理部会) も、NHSと同様に32の精神疾患に対する認知行動療法の効果を検証し、1998年基準によるエビデンスのレベルを3段階で評価して公表しています。現在はより新しい2015年基準で再評価が進められているところです。
我が国においても、うつ、強迫症、社会不安症、パニック症、PTSD、過食症に対する認知行動療法の効果を厚生労働省がすでに認めており、診療報酬点数を医師、看護師に付与しています。
継続的なエビデンスのフォロー
エビデンス情報というものは常に更新され続けています。次々と新しい研究成果が追加されますし、求められる研究の質の水準も精緻化され、年々ハードルが高くなってきています。アメリカ心理学会ディビジョン12 (臨床心理部会) のタスクフォースの歴史などを振り返ってもそれは明らかです。
したがって、エビデンス・ベース・プラクティス (EBP) をプロフェッショナルとして実行していくためには、コクラン(Cochrane)レビューなどの国際的に利用されているガイドラインを通じて継続的にエビデンスをフォローしていくことが不可欠となります。
まとめ
認知行動療法の効果の検討にはエビデンスが重要で、研究法としてはシステマティック(系統的) レビューとランダム化比較試験 (RCT) が重視されています。世界的なガイドラインでも認知行動療法はメンタル疾患に高い効果を有する介入法と位置付けられています。 次回は職場での認知行動療法の効果についてお話しします。
引用文献および参考文献
1) Cochrane Library website
https://www.cochranelibrary.com
2) NHS HP The guidelines manual 6 Reviewing the evidence
https://www.nice.org.uk/process/pmg6/chapter/reviewing-the-evidence
3) NHS HP Overview Cognitive behavioural therapy (CBT) https://www.nhs.uk/conditions/cognitive-behavioural-therapy-cbt/
https://minds.jcqhc.or.jp/guide_author/info_detail/T0011492
4) NICE pathways Care for adults with depression
https://pathways.nice.org.uk/pathways/depression#path=view%3A/pathways/depression/care-for-adults-with-depression.xml&content=view-index
5) SOCIETY OF CLINICAL PSYCHOLOGY DIVISION 12 OF THE APA website
https://www.div12.org
6) Furukawa, T. A., Weitz, E. S., Tanaka, S., Hollon, S. D., Hofmann, S. G., Andersson, G., & Mergl, R. (2017). Initial severity of depression and efficacy of cognitive–behavioural therapy: individual-participant data meta-analysis of pill-placebo-controlled trials. The British Journal of Psychiatry, 210(3), 190-196.
7) Chalmers, I., & Altman, D. G. (Eds.). (1995). Systematic reviews. London: BMJ Publishing. (イアイン チャーマーズ・ダグラス. G. アルトマン 津谷 喜一郎・浜 六郎・別府 宏圀 (翻訳) (2000). システマティック・レビュー――エビデンスをまとめてつたえる サイエンティスト社)
8) 丹野 義彦 (2015). 臨床心理学 (New Liberal Arts Selection) 有斐閣
9) 原田 隆之 (2015). 心理職のためのエビデンス・ベイスト・プラクティス入門 金剛出版
10) Minds ガイドラインライブラリー(日本医療評価機構)website
脚注
*1 研究のエビデンスの質の高さを判定する方法として国際的に広く採用されている評価基準の一つ。
*2 複数の研究結果を整理・統合して新たな知見を引き出す研究、または、そのために使われる研究手法のこと。
*3 いずれも介入が引き起こした効果の大きさを分析する手法のこと。
*4 得られた結果が“確率的に偶然に生じたものではない”こと。
*5 統計的有意性の判断に用いられる方法の一つ。
*6 研究論文の質を評価する「コクラン」という団体が定期的に発行している総説のこと。
*7 いずれも心理療法の一種です。