「認知行動療法の効果とエビデンス1」と「認知行動療法の効果とエビデンス2」では科学的なエビデンスを導く研究法や認知行動療法のメンタル疾患に対する効果について見てきました。今回は職場に絞り認知行動療法の効果とエビデンスを紹介します。疾患以外のテーマ、人材開発の分野の萌芽についても触れます。
目次
職場での認知行動療法のシステマティックレビュー
「認知行動療法の効果とエビデンス2」 でお話したコクラン(Cochrane) レビューで職場及び認知行動療法のキーワード検索をしたところ、システマティックレビューとしてヒットしたのは0件、試験研究 (trial) は45件でした (2019年9月1日)。職場にテーマを限定した認知行動療法研究のシステマティックレビューは、まだ今後のテーマと考えられます。
コクラン以外の研究では、Yunus (2018)が職場でうつ病患者に介入をした22のランダム化比較試験(RCT) についてシステマティックレビューを行ないました。
その結果、職場全体で行なった「認知行動療法と記録によるコーピング柔軟性プログラムを合わせた介入」がうつ症状の改善に最も高い効果を示し、4ヶ月後フォローアップ時に効果量d=1.45と高い数字を示しました。
ただし、各個別のRCT研究については介入の内容や提供方法にばらつきがあり、RCTとしては研究の質は低いとされています。
職場での疾患に関連する認知行動療法のRCT
次に、職場で疾患に関連するRCTの例を紹介します。今村ら(2015) はマンガを用いた認知行動療法のeラーニングプログラムを開発し、ベック抑うつ尺度Ⅱ*1で健常者の閾値下うつの症状得点の変化を検証しました。その結果、有意性とともに、d=−0.16という小さな改善効果量が確認されました。
eラーニングプログラムの中には、セルフモニタリング*2、認知再構成、問題解決、アサーション(主張) 訓練、リラクゼーション法など認知行動療法の技法学習が組み込まれています。週一回30分、合計6回の学習を行い、希望した場合は、提出した課題に対して心理専門職からの助言も受けられます。
このeラーニングプログラムを受講することによって健常者のうつ予防効果が期待されますが、プログラム参加の継続率の向上が重要と考察されています。
職場での疾患以外の認知行動療法のRCT
疾患以外へ認知行動療法を適用したRCTも散見されます。Glass, et al. (2017) は、女性ホームケアワーカーが暴力やハラスメントについて予防や対応をするための、認知行動療法のコンピュータープログラム (+ファシリテーション) の効果を検証しました。
RCT自体は、コンピュータープログラムだけの群とコンピュータープログラム+同僚のファシリテーションの2群にランダム割付*3をして実施されました。その結果、プログラムの前後で予防や対処の自信、実際の問題発生が有意に改善しました。
一方、自信の向上について両群に有意な差はなく、問題発生の減少は同僚のファシリテーションを加えた群の方により早期に効果が見られました。さらに前後の効果を精緻に検証するには対照群*4の設定を検討することも考えられるでしょう。
Imamura et al. (2017) はマンガによる6ヶ月の認知行動療法コンピュータープログラムが仕事へのエンゲージメントに及ぼす効果をRCTで検証しました。その結果、プログラムによる介入には有意性があり、6ヶ月後のフォローアップ時点で小さな効果量 (Cohen’s d = 0.16) が確認されました。
今後期待される認知行動療法を応用した人材開発のRCT
Sasaki ら(2017)は、2時間の認知行動療法をベースとしたコミュニケーショントレーニングを206人のホワイトカラー労働者にRCTを用いて実施し、問題解決のための共同思考の時間に有意な効果 (効果量d=0.35) のあることを示しました。
これまで、人材育成の研修プログラムの効果測定では米人材開発協会(ATD) などでもRCTを用いることは少なかったため、興味深い研究と考えられます。
Burt et al.(2017) はエグゼクティブコーチングの効果に関してシステマティックレビューを実施し、11のRCTを統合したメタアナリシスを行いました。それぞれのRCTのアウトカム変数は、パフォーマンス、ウェルビーイング、コーピング、業務態度、目的志向の自己制御など多岐にわたっていました。
対照群に対する効果として統合した重み付けを行い、有意性のある効果量d=0.42を算出しています。これまでの多数のコーチング研究が、メタ研究であってもRCTでない準実験が多かった事、またそもそも事例研究が多い事などに照らし、本研究はRCTだけに絞り進めたことは評価されると考えられます。
ただし、著者ら自身も指摘しているように、介入方法とアウトカム変数のばらつき、メタアナリシスの実施にあたって参照した論文が一部の大学の研究者によるものだったことなど、課題もあります。
私見では、最近のコーチング手法は行動療法や認知行動療法的手法が中心であるものの、ポジティブ心理学、マインドフルネスなども取り入れられており、今後はそれぞれの効果を検証することが求められる事でしょう。
まとめ
職場の認知行動療法のエビデンスの検証にはシステマティックレビューの増加が求められますが、その前提として良質なRCTの量産が望まれます。
疾患支援、疾患予防などはもちろんですが、ハラスメント、エンゲージメント、コミュニケーション、コーチングなど多様な職場のテーマへの適用が始まっており今後の進展が期待されます。引き続き、世界のエビデンスの動向を継続的にフォローすることが重要です。
引用文献および参考文献
1) Burt, D., & Talati, Z. (2017). The unsolved value of executive coaching: A meta-analysis of outcomes using randomised control trial studies. International Journal of Evidence Based Coaching and Mentoring, 15(2), 17-24.
2) Imamura, K., Kawakami, N., Furukawa, T. A., Matsuyama, Y., Shimazu, A., Umanodan, R., & Kasai, K. (2014). Effects of an Internet-based cognitive behavioral therapy (iCBT) program in Manga format on improving subthreshold depressive symptoms among healthy workers: a randomized controlled trial. PloS one, 9(5), e97167.
3) Imamura, K., Kawakami, N., Furukawa, T. A., Matsuyama, Y., Shimazu, A., Umanodan, R., & Kasai, K. (2015). Effects of an internet-based cognitive behavioral therapy intervention on improving work engagement and other work-related outcomes: an analysis of secondary outcomes of a randomized controlled trial. Journal of occupational and environmental medicine, 57(5), 578-584.
4) Yunus, W. M. A. W. M., Musiat, P., & Brown, J. S. (2018). Systematic review of universal and targeted workplace interventions for depression. Occupational and environmental medicine, 75(1), 66-75.
5) Glass, N., Hanson, G. C., Anger, W. K., Laharnar, N., Campbell, J. C., Weinstein, M., & Perrin, N. (2017). Computer‐based training (CBT) intervention reduces workplace violence and harassment for homecare workers. American journal of industrial medicine, 60(7), 635-643.
6) Sasaki, N., Somemura, H., Nakamura, S., Yamamoto, M., Isojima, M., Shinmei, I., & Tanaka, K. (2017). Effects of brief communication skills training for workers based on the principles of cognitive behavioral therapy: a randomized controlled trial. Journal of occupational and environmental medicine, 59(1), 61-66.
脚注
*1抑うつ症状の重症度を測定する質問紙。
*2自分の行動、考え、感情を観察、記録する手法。
*3介入の効果を検証するため、それぞれのグループに参加者を無作為に割り付けること。
*4介入の効果を比較するために介入するグループとは別に設定される、介入を行なわないグループのこと。