新型コロナウイルス感染症の流行や、経済の状態、政府による緊急事態宣言など、自分の力ではコントロールできない事態がいっぺんに押し寄せている状況があります。当然、健康上や経済上の不安をはじめ、今後の見通しなど様々な考えや感情が生じて頭がいっぱいになってしまう方もいるでしょう。
例えば、「コロナの収束はいつになるんだろう」→「スーパー行って感染したらいやだな」→「有名人も亡くなっているから怖い」→「実家の両親も高齢になっているし、もし感染したら大変…」
のように、1つのことを考えはじめたら次々に連鎖してぐるぐると考え続けてしまう経験を多くの方がお持ちなのではないでしょうか。
一方で、不安を感じたとしてもそれに頭を占領されず、新しい生活パターンを築き上げたり、周囲の人を励ましたりする方もいます。こうした違いはなぜ生じるのでしょうか?最初にちょっとした不安が頭をよぎるのは、だれでも体験する普通の反応のはずです。
これに対し、不安がどんどん増大していくのは、最初に感じる不安への対処が人によって異なるからだと考えられます。不安とうまく付き合うための方法として、「マインドフルネス」という考え方を用いた対処法を以前の記事で紹介しました。
そして、マインドフルネスも活用し、よりいきいきとした人生を送るための心理学的な方法に、アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)があります。
ACTの強みは、最初に生じた誰もが感じる不安への対処をうまくやることに加え、行動変容の要素を意識している点です。今回はACT(アクト、と読みます)の観点から心理的不安への対処法を紹介します。
世界で60万部以上売れている本『The Happiness Trap』*1の著者、医師で国際的なACTトレーナーであるラス・ハリスが、新型コロナウイルス感染症への不安に対応する一般向けのパンフレットを公開しており、日本語訳も提供されています*2。以下は、このパンフレットを参考に、不安に対処するヒントを解説していきます。
目次
新型コロナウイルス感染症に関する心理的不安に対処するための6つのヒント
1.コントロールできるものに注目する
実は、現在我々をとりまくウイルス感染拡大や、経済の状態、政府による緊急事態宣言などの状況が自分でコントロールできないのと同じように、自分の中にある考えや感情がどんどん広がるプロセス自体も、コントロール不可能なものなのです。
たとえば、次の思考実験をしてみてください。まず自分の好きな食べ物の味やにおいや色、食感などをできるだけたくさん思い出してみてください。次に、これから3分間、絶対にその食べ物について考えないようにしてください。と言われてどうでしょうか?
自分の意志とは無関係に、すぐにその食べ物のことが頭に浮かんできませんでしたか?自分で考えることはコントロールできるように見えて、実はできない部分が多くあります。このことに腑に落ちて気づくことができると、つらい不安や感情にふり回されにくくなります。
では、コントロールできるものとはなんでしょうか?それは、現在の瞬間自分がとることのできる行動です。一般的な「行動」という言葉からは想像しにくいかもしれませんが、自分が実際に体を動かすアクションだけでなく、自分の考えや感情への向き合い方も「行動」に含まれます。
ここでの説明を図で例えて表してみます。
コントロールできないもの(例:ウイルスの感染拡大や自分の思考や感情)は、吹いている風の向きや強さにあたります。図の左側の船の上の人は、吹いている風の動きが変わることを期待し続けているだけなので、自分の力ではどうすることもできない無力感を感じる可能性が高いです。
一方、右側の人は、船の帆をうまく操ることで風の動きが変わらなくても船を進めようとしています。この、帆をうまく操るということが、自分の思考や感情への向き合い方の部分になるのです。
発生した思考や感情自体は変えようがないので、そこから受ける影響をうまく受け流したり、船が進む推進力に変換したりするということです。
このように、コントロールできないものとできるものを区別し、自分のエネルギーを注ぐべき方向性を見極めることは、不安への向き合い方としてとても大事な行動です。次に、コントロールできないものへの向き合い方についてさらに詳しく説明します。
2.自分の考えや感情を受け容れる
受け容れる、と聞くと、なんだか受け身的で強制されているような印象があるかもしれません。ここでの受け容れはそうではなく、積極的に、柔軟に自分の考えや感情を観察するという意味です。
不安やゆううつ感といった、私たちを悩ませる考えや感情に対して、何か別のことを考えて気をまぎらわせたり、お酒を飲んで忘れたり、という対処をとる方は多いと思います。
これは一時的には嫌な状態から気をそらすことはできますが、すでに説明した通り考えや感情が発生して自分の中で広がるプロセスは、自分ではコントロールできません。不安やゆううつ感が何かの拍子に頭の中に広がってきて結局はまたそれらに悩まされる状態に戻っていってしまいます。
ここで役に立つ対処法は、まず不安やゆううつ感などが広がっていてそこに自分が巻き込まれている状態に気づくことです。
まずは、頭の中に浮かんだ自分の考えや体験した感情に対して、「 」で括って、「~と考えた」「~と感じた」といった言葉を付け加え、一歩引いた感じで自分の考えや感情を表現してみましょう。
頭の中で再生するだけでも、口に出して言ってみてもよいです。もし紙に書きだすことができれば、棒人間などのイラストを書いてみて、吹き出しをつけてその中に考えや感情を書き入れてみてもよいでしょう。
例:「どうなってしまうのか心配」と考えた
「だるい」と感じた
これによって、意識せず自分の頭を占めていた考えや感情に気づきやすくなり、今自分の注意が何に持っていかれているのかを知ることができます。
3.自分の身体に注意を向ける
考えや感情が広がるプロセスはコントロールできないのに対し、自分の身体に注意を向けたり、積極的に身体を動かしたりすることは、自分でコントロールできる行動です。
「2.自分の考えや感情を受け容れる」で紹介した方法に取り組みながら、または取り組んだ後に身体に注意を向けるようにします。そのためのヒントになりそうな行動をいくつか紹介します。すべてゆっくりと行うことが重要です。自分独自の方法を考えてもかまいません。
・足を床に強く押し付ける
・背筋と背骨を伸ばす;座っている場合は椅子の前方に腰掛けまっすぐ座る
・両手の全指先をお互いにくっつけて強く押す
・腕や首を伸ばし、肩をすくめる
・ゆったりと呼吸する
4.自分の行動に集中する
自分が今いる場所の感覚を確かめて、行っている活動に改めて注意を向けます。もし何もしていなかったら、その事実に気づくだけでも重要です。そのためのヒントになりそうな行動をいくつか紹介します。こちらも自分独自の方法を考えてかまいません。
・部屋を見渡して、見える物を5つ探す
・聞こえる音を3~4個探す
・鼻や口の中で感じられるにおいや味や感覚に気づく
・今自分がしている事に注意を向ける
・目の前で取り組んでいる作業や活動に神経を集中させる
たとえば、テレビやインターネットで不安を増やすような情報を探し続けているといった行動をしていることに気づいたら、その場ですぐこれらを試してみることができます。
5.何が大切かを知り、効果的に行動する
これまで行ってきた日常的な習慣に対して、様々な制限がかかっている状況があります。
たとえば友達と集まって遊ぶのが好きだったのに会えなくなったり、誰かと食べ歩きに行くのが趣味だったのにお店の臨時休業が続いたり、楽しみにしていたライブやスポーツの試合に行けなくなったりと、人によってそれぞれ状況が違うでしょう。
一方で、こうなってみて初めて、普段何気なく行ってきたことや自分の身の回りで起きていたことが自分にとっていかに大事だったか、改めて気づいたという方もいると思います。それは、おそらく皆さんの人生に彩りを与える重要なものだったはずです。
よりよく生きるためにどんな行動をすることが重要だったのか改めて確認し、今の限られた環境の中でも取り組める代わりの方法はあるかどうか探してみましょう。
「どんなに小さなことでも、今自分にできることは何か」という質問を自分にしてみてください。小さな行動でも、それが弾みになって大きな行動変容として広がることがよくあります。
例:
・外で動く活動ができなくなっていたら、その活動ができるようになったときにより楽しめるように知識をインプットする
・バーチャルな環境で似たようなことができれば、それを試してみる(例:オンライン飲み会やオンライン講座など)
・昔やりたいと思っていたけど手を付けていなかった活動について、家の中でできることから始める
そして、新型コロナウイルスの流行が収まった後もその活動のパターンを続けていくのが理想的です。なぜなら、活動パターンの広がりが人生の充実につながるからです。
また、今のような孤立しがちな状況の中でよりよく生きるための方向性として、自分と関わりのある人たちへの優しさと思いやりが一層重要になってきます。優しさや思いやりを態度や行動で示すためには何があるかについても考えておきましょう。また、この態度は自分自身にも向けることが有用です。
何が自分の人生にとって大切かわかったら、あとはその方向性に向かって行動を重ねていくだけです。上記2~4の手順をやってみることで、自分の行動をコントロールしやすくなります。そうなると、本当に大切なことについての行動を起こしやすくなります。
6.自分に優しくする
普段と異なる状況が続く中では、不安や恐怖、怒りや悲しみ、孤独感や欲求不満など、様々なつらい気持ちが発生しがちです。こうした感情が発生すること自体を、私たちは自分の力で止めることはできません。
出てきた感情が大変なものであっても、それを否定せず、自分の中にその感情を受け容れる余裕を作ることが大切です。そのためには、自分に優しくする必要があります。具体的には次のような質問を自分にしてみてください。
「私にとって大事な人たちが、私と同じ体験をして同じ感情を持ったとして、その人たちに優しく気遣いたいと思ったら、どのように接するか?またどのように振舞うか?そして、なんて言葉をかけるか?」
そのあとに、今の質問への答えと同じように自分自身に接してみてください。自分に優しくするようにといわれてもイメージがわかない方もいると思いますが、他の人への優しさを想像してみるとやりやすくなるはずです。
まとめ
本記事ではACTの観点から新型コロナウイルス感染症に関する心理的不安に対処するためのヒントを解説しました。まずはコントロールできないものとできるものとの区別をつけることから始まります。
次に、自分を悩ます考えや感情を受け容れると同時に、自分の身体や行動に注意を向けます。そのうえで、何が大切かを知り、効果的に行動し、自分に優しくするという態度をとることで、漠然としていた心理的不安の正体が見えやすくなり、人生をよりよく過ごすための行動に目が向くようになります。
疲れやストレスおよび心理的不安に対しては信頼している人と話す、家族や友人などの社会との接点を増やすという対策も必要です。
本記事で紹介した方法で、自分と自分以外の人達に優しくマインドフルに接することが、少しでも心理的不安の対処に役立つことを願っています。
*1 岩下慶一訳『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない ─マインドフルネスから生まれた心理療法ACT入門』筑摩書房、2015年
*2 https://contextualscience.org/translations_of_the_face_covid_pamphlet より、Japanese translation of the Illustrated eBook version (thanks Horiba Erika)を参照