リモート環境の生産性においてコミュニケーションがより重要になり、物事の捉え方や行動パターンを変える必要があります。そしてその際、大きな鍵を握るのが感情の能力であるEQです。果たしてEQを高めるためには、どのような行動が必要なのでしょうか。
前回に引き続き、筑波大学大学院の教授であり、社会心理学者の相川充氏にお話を伺いました。
前回のインタビューはこちら
「リモートワーク におけるEQの重要性とは?」
https://www.armg.jp/journal/173-2/
――前回のインタビューでは、コロナ禍でリモートワークの導入が進む中、今後は感情面に着目したコミュニケーションがより一層重要になるとお話いただきました。そしてEQが大きな鍵を握るとのことでしたが、自分の感情とうまく付き合い、それを習慣化させるためには、具体的にどのような行動を取っていく必要があるのでしょうか?
相川 私たちの感情は物事の捉え方によって大きく左右されます。そして物事の捉え方は、自分自身でコントロールすることが可能です。EQとは、まさにその能力のことですが、このEQを高めるためには、大きく分けて4つのステップがあります。
まず1つ目のステップは、「感情の大切さを知ること」です。感情は勝手に動き出すものではなく、「捉え方」なのです。感情とは、私たちのやる気や毎日の過ごし方、会社への帰属意識などに影響を与え、もっと大きく言えば人生の在り方さえも決めていきます。
例えば、単純にお金がたくさんあると、人は幸福になれると考えがちですよね。しかし実はある一定の収入額を超えると、人の幸福度は単純には上がっていかなくなるというデータもあります。つまり物理的な要因だけで、人は幸せや不幸せを感じるわけではないということです。
逆に、物事の捉え方や考え方を自分なりに少し変えてみるだけで、感情はポジティブな方向にもネガティブな方向にも動き出します。感情にはそういう性質があるということを、ぜひ知っていただき、そして実感してみてください。
続いて2つ目のステップは、「実際に自分の感情の状態を把握すること」です。例えば人間ドックを受けると、色々な数値が出てきて、自分の健康や体の状態がデータで見えてきますよね。感情もまったく一緒です。
EQも、自分の感情の状態を客観的なデータで見ることができます。ただしEQと一括りに言っても、構成している要素は非常に幅広いので、EQの多様な面を一つ一つチェックしながら、「感情能力のうち、この部分は良い状態だ」、「この部分は悪い状態なので、変える必要がある」など、細かく丁寧に見ていく必要があります。
3つ目のステップは、「自分が普段物事をどのように捉えているのか、捉え方の癖について知ること」です。例えば同じような出来事でも、それを悲観的に捉える人もいれば、楽観的に捉える人もいます。そうした捉え方の癖を知っておけば、自分の感情とうまく付き合うことができるでしょう。
捉え方の癖を知る方法は色々とありますが、なかでも感情に関する日記をつけるのがおすすめです。
例えば、今日はこんな感情になった、なぜこんな感情になったのかと言うと、こういう出来事に対して、こういう捉え方をしたからだ、といった具合に、その日起こったことを振り返っていく。そうすることで自分の癖や傾向が見えてくると思います。
また身近な人に、自分が物事をどのように捉える傾向があるか、客観的な意見を聞くのも有効です。さらにもう一つ、物事の捉え方の癖を把握できたら、行動の癖についても探ってみましょう。
私たちの行動パターンにも、個々に癖があります。
例えば、せっかちな性格で、すぐに人に指示を出したがる人もいれば、人の話をじっくり聞いて、納得してからゆっくり考え、指示を出す人。競争意識が高く、人間関係を常に勝ち負けで捉えて行動してしまう人もいれば、協調性があり、みんなと協力し合うことを好む人もいます。
果たして自分は日頃からどういう行動パターンを取っているのか。さきほどと同様、日記をつけたり、親しい人に聞いたりするなどして、自分の行動に関する癖や傾向を客観的に把握してみてください。
親しい人が自分に対してどういうときに褒めたり、感謝したりしているのかを記録するだけでも自分の良さ、行動の癖がわかってきます。
そして4つ目のステップは、「トレーニング」です。自分の癖を把握したうえで、悪い癖を直し、自分で感情をコントールできるようにトレーニングを積みましょう。これは体のトレーニングとまったく同じです。
例えば筋肉をつけたくても、鉄アレイを1~2回持ち上げただけでは筋肉はつきませんよね。鉄アレイを持って何日も何日も同じ運動を地道に繰り返していると、やがて筋肉はついてきます。感情に関する能力、EQも地道に訓練を繰り返すことで高めることが可能です。まずは一つ事に焦点を絞り、意識的に行動してみましょう。
具体的な方法としては、例えば「今日はみんなに笑顔で接しよう」と目標を決め、実際にやってみて、その結果、自分自身にどういう変化が起こり、相手の側にもどういう変化が起こったのか、1日の終わりに記録をつけましょう。
ここで大事なのは、考え方や行動パターンを変えたことで、自分や相手にどういう変化が起こったのかをきちんと実感することです。変化をはっきり意識しないと、トレーニングは続きませんし、最終的に感情の能力も高まりません。
こうして感情のトレーニング期間を設けることで、物事の捉え方、行動の仕方が習慣化し、結果としてEQが高まり、自分自身の感情を上手にコントロールできるようになります。そしてそれができるようになると、おのずと仕事のモチベーションも高まり、職場の人間関係もうまくできるようになります。
――とはいえ仕事をしながら一人でこうしたトレーニングを積むのは、なかなかハードルが高いようにも感じます。そういう意味でも、企業が計画的に人材開発の施策として取り入れる必要があるのではないでしょうか?
相川 おっしゃる通りです。一人ひとりが自分でトレーニングできるようになるのが理想ですが、時間的拘束などもありますから、個人では簡単には実践できないかもしれません。
そうであるならば、企業側が4つのステップを仕組みとして整備し、従業員に働きかける必要があるでしょう。私たちは、リモート環境であっても、人間関係のなかで仕事をしています。企業側が従業員に働きかければ、従業員の「この組織にいる」という心地良さへと繋がっていきます。
企業側が、まずは従業員一人ひとりのEQの状態を診断し、それを組織として把握し、さらにEQを高めるためのトレーニングの場を用意する。短期的に見れば、コストや労力がかかりますが、長期的に見れば、従業員一人ひとりの生産性や帰属意識が高まるなど、企業にとって多くの利益がもたらされるはずです。
コロナ禍でもたらされた環境変化を「組織を変えるチャンス、出発点」と捉え、企業の生産性を高めるために従業員一人ひとりの感情に注目し、感情の能力であるEQを高める施策が有効だと言えるでしょう。
YouTubeで本インタビュー動画を公開しています。