昨今多くの企業が重視し、取り入れ始めているエンゲージメントという考え方にも、実は感情が深く関わっています。エンゲージメントを高めるためには、従業員一人ひとりの感情の状態が大きな鍵を握るのです。
そこで今回も引き続き、筑波大学大学院教授で社会心理学者の相川充氏に、エンゲージメントとEQの関係性についてお話を伺いました。
前回までの記事はこちら
「リモートワーク におけるEQの重要性とは?」
https://www.armg.jp/journal/173-2/
「感情の能力=EQを高めるための4つのステップ」
https://www.armg.jp/journal/174-2/
――昨今エンゲージメントという言葉が世の中に根付き始めており、企業経営においても重要だと認識されることが増えてきました。なかでもエンゲージメントの向上は生産性にプラスの影響をもたらすことが多くの研究で立証されています。そこで今回はまず、エンゲージメントとEQの関係性についてお伺いできますでしょうか。
相川 最初に結論から申しますと、エンゲージメントは感情に非常に深く関わっています。ところが「エンゲージメント」という言葉は、何やら漠然とし過ぎていて、実際にどのように感情と関わっているのか、わかりにくい部分がありますよね。
そこでまずは言葉の定義について触れてみましょう。エンゲージメントという言葉には、大きく分けて2つの使われ方があります。
1つはマーケティングの世界でよく使われるもので、消費者が特定の企業のサービスや商品に愛着を持ち、積極的に関わろうとする状態。そしてもう1つが、「企業における従業員のエンゲージメント」です。
この従業員のエンゲージメントこそ、感情と深く関わっています。似ている概念として、昔から使われてきた従業員の満足度という指標がありますが、これは企業が従業員に対して一方的に与えるものという発想でした。
つまり「うちの会社はこんなに良い環境ですよ」、「給料もこんなに優遇していますよ」、「だから従業員の満足度も上がるはず」という発想です。
それに対して従業員エンゲージメントとは、企業側が一方的に従業員に満足を与えるのではなく、従業員側も企業に対して貢献し、愛着や帰属意識を持ち、双方向で絆を深める心理状態を指します。
では、エンゲージメントと感情には、どのような関係性があるのでしょうか。そもそも私たちが仕事に対してモチベーションを高めたり、職場に対して所属意識を高めたりする場合、その根底には感情が関わっています。
例えば感情の状態が悪くなれば、当然やる気や元気もなくなってしまいますよね。そして、やる気や元気がなくなってしまえば、仕事や組織に貢献したいという気持ちも湧き出てきません。
要するにエンゲージメントを高めるためには、まず従業員一人ひとりの感情の状態を高めてあげて、そのうえでやる気や所属意識も高めてあげる必要があるわけです。
このようにエンゲージメントの中核には感情が深く関わっているため、マネジメントにおいては従業員一人ひとりの感情を上手にコントロールする能力(=EQ)が欠かせません。
この感情の能力であるEQを高めることがエンゲージメントを支え、そして組織の生産性向上につながると思います。経営者や人事、職場の上司の方々には、ぜひその点を改めて認識していただきたいと思います。
――従業員エンゲージメントは一方的ではなく双方向であり、またこのエンゲージメントの根底には感情が存在していること、そしてこの感情の状態によって、仕事に対するやる気や組織に対する所属意識に大きな差が出ることが理解できました。そもそも日本企業はなぜ今、エンゲージメントを必要としているのでしょうか?
相川 かつての日本型企業は、終身雇用制度や年功序列制度を土台に成り立ってきました。一つの組織に所属し、そこにすべての人間関係があり、飲み会や運動会、社員旅行など、家族やプライベートまで、すべてが企業とともにあった時代です。
しかし近年、そういった日本型雇用システムは 崩れていき、それに代わって欧米型の実力主義や能力主義が入ってきました。生産性や国際競争力の向上、優秀な外国人の採用などを考えた場合、もはや従来の日本型の企業経営では成り立たなくなっているのです。
一方で、欧米型の雇用システムにも課題や問題点はあります。確かに生産性や国際競争力は向上すると思いますが、同時に所属意識が薄まり、離職率の問題などが起こりかねません。
そのうえ現在は、コロナ禍でリモートワークが拡大し、所属意識はますます低下する傾向にあります。個人主義が強まり、「自分のために企業がある」「自分のためにならないのであれば辞める」といった考えになれば、かつて日本企業が大切にしてきたチームワークや組織と個の良好な関係性がさらに薄まっていくでしょう。
今多くの日本企業がエンゲージメントの考え方を重視し、取り入れようとしているのには、そういった危機感や背景があるからだと思います。
――今回のインタビュー企画では、第1弾から第3弾にかけてコロナ禍におけるリモートワークの増加と、それに伴うコミュニケーションの変化や対策についていろいろとお伺いしました。最後に全体を通じて、相川先生からメッセージをお願いします。
相川 経営者や人事の方々には、このコロナ禍、文字で見ると「わざわい」ではありますが、ただネガティブに捉えるのではなく、一つの大きな出発点、もっと言えばチャンスにしていただきたいと思っています。
リモートワークをきっかけに、従業員一人ひとりの心の状態にぜひ注目してみてください。そして企業全体として従業員の感情の能力やエンゲージメントを高めるための施策に取り組みましょう。そうすることで必ず、生産性向上や組織力の強化につながると思います。
YouTubeで本インタビュー動画を公開しています。