昨今、「ナッジ理論」という言葉を目にする機会が増えてきました。メディアで取り上げられているのを、皆さんもご覧になったことがあるかもしれません。
「ナッジ」とは、自発的によい行動をしたくなるように選択の余地をうばうことなく背中を後押しする設計を意味します。2019年、厚生労働省が策定した健康寿命延伸プランにも「ナッジ」が組み込まれ、健康支援の観点からも「ナッジ」が求められ、活用が推奨されています。
前編では、ナッジ理論に絡め、感情と理性、バイアスについてお話ししました。後編では、前編同様、「ナッジ」を研究されている竹林氏より、バイアスとの付き合い方や、ナッジの活用について解説していきます。
竹林正樹 氏
青森県出身、青森県立保健大学大学院、株式会社キャンサースキャン、横浜市行動デザインチーム、OZMA Nudge Social Design Unit所属。ナッジの魅力を穏やかな津軽弁で語りかける講演は全国で好評で、学会発表では立ち見が出ることも。
2020 年開催の TEDxGlobisU 出演。最近は YouTube や note など、オンライン発信に力を入れている。
代表作は「DVD 実践者のナッジ」(東京法規出版)
前編では、「感情」を象に例えてお話ししてきました。バイアスは象が持つ法則性のある認知のゆがみですが、実はナッジによって予測可能になりました。つまり、ナッジによって、良くないバイアスにブレーキをかけ、良いバイアスを味方にすることが可能となったのです。
これにより、象が望ましい行動へと導かれることになるわけです。ナッジとは、選択を禁止することも、インセンティブを大きく変える必要もなく、「行動を予測可能な形で変える」選択的設計のあらゆる要素なのです。象の行動の癖に沿って動かす設計がナッジといえます。
皆さんのなかには、人を動かすためには、啓発したり、インセンティブを設けたりするなど、多大なコストと労力が必要になるものだと思われる人も多いかもしれません。しかし、ナッジはすぐに実践できることも多く、労力・コストを抑えながら効果を上げられる可能性があるのです。
目次
EASTフレームワークとは
「EASTフレームワーク」とは、
Easy 簡単で
Attractive 魅力的で
Social 規範に訴え
Timely タイムリー
の頭文字を取ったもので、厚生労働省「受診率向上施策ハンドブック(第2版)」でも推奨しています。このなかでもっとも重要なのは「Easy」です。正しい情報ではあるものの、情報過多になっているものもよく見られます。その場合、脳の直感システムは、読むのが面倒になり、読むことを後回しにしがちです。
現代人は、平安時代の人の一生分の情報を一日で受け取っているといわれています。日々膨大な情報を受け取る私たちにとって、その場ですぐ読んでみたくなるようなシンプル化(Easyナッジ)が重要です。
Easyナッジの3つの法則をお伝えします。
1. 見出しは14文字以下:長くなるほど、読まれなくなる。
2.メッセージの絞り込み:正しい情報であっても、相手が当然知っているものは削除する。
3.「ましょう」の攻撃を回避:「~しましょう」は本当に重要なところでのみ使う。
学会申込促進のために、ナッジを設計したチラシを紹介します。
・4コマ漫画を付ける(Attractive)
・和ませたあとに詳細(Timely)を見て、
・学会長を登場させ、「ご参加をお待ちしています」とメッセージ(Social)
といったナッジを施したところ、申し込みが通常の何倍も増えました。
人を動かす理想的な設計~ナッジ活用の可能性~
健康のためなら読むのが疲れても仕方ない、と思われる方も多いでしょうか。しかし、相手を疲れさせると理性がうまく働かずに、自制が緩み、リスク愛好的行動へといってしまうことが報告されています。
理想的なナッジの設計を一言で言うと「明確な矢印を示すこと」です。矢印で大切な要素は①スタート②ゴール③その一貫性です。
ナッジを活用した健康教室では、内容を変えず順番を変えるだけで効果が変わった事例があります。具体的には、最初と最後にポジティブ度を最高潮に持っていく、逆に難しいことは中盤に持ってくるもので、前編でお伝えしたバイアスの一種、「プライミング効果」と「ピークエンドの法則」を活用しています。
これならできそう、と思っていただけたでしょうか?
ナッジを設計に入れることで、多くの人を動かすことができるかもしれません。お金がかからないので、トライアンドエラーを繰り返すこともできます。ナッジを念頭に、「伝わる」チラシやポスター、施策を検討してみてはいかがでしょうか。
これまで「うまくいかない」と頭を抱えている健康施策も効果が変わってくるかもしれません。