財務情報のみならず、環境・社会・ガバナンスにも配慮した企業に投資をおこなう「ESG投資」が世界中で拡大しています。しかし、ESGをやっているふりをする「見せかけESG(ESGウォッシュ)」が後を絶たないことから、正確かつ公平な情報開示が強く求められるようになりました。
そこで今、注目を集めているのが人的資本開示のガイドライン「ISO30414」です。
この記事では、ISO30414の概要について解説するとともに、ISO30414の認証に必要な指標と認証取得に向けた動きをご紹介します。
目次
ISO30414とは
ISO30414とは、人的資本の情報開示について定められた国際基準のガイドライン規格です。
ISO30414が注目される背景には、ESG投資に対する関心の高まりがあります。2008年のリーマン・ショックをきっかけに、短期的な利益の追求を重視する「ショートターミズム(短期志向)」が問題視されるようなり、ESG投資への関心が世界中で拡大しました。
ESG投資を判断する上では企業の人的資本に関する情報が欠かせないことから、人的資本の情報開示を求める声が高まり、2018年12月に国際標準化機構がISO30414を発表しました。ISO30414に従って人的資本を定性的・定量的に社内外へ明らかにすることは、企業経営の透明性が向上し、企業の信頼につながるといえます。
さらに、その内容がより良いものであれば評価も高まり、企業価値も向上するでしょう。逆にいうと、その内容が良くないものであれば、企業価値が低下してしまう恐れもあります。つまり、今後は形だけ取り組めば良いというものではなく、成果が出ていることが問われていく時代になっていくのです。
ISO30414の認証に必要な指標
ISO30414の認証に必要な指標としては11領域・58項目の測定基準が設けられ、各指標は企業規模(大企業か中小企業か)と開示先(対外か対内か)によって分類されています。
ISO30414で定めている11領域は以下のとおりです。
1. コンプライアンスと倫理
2. コスト
3. 多様性
4. リーダーシップ
5. 組織文化
6. 組織の健全性・安全性・ウェルビーイング
7. 生産性
8. 採用・異動・離職
9. スキル・能力
10. 後継者育成計画
11. 労働力の確保
ISO30414で定められた指標にはウェルビーイングに関する内容も多く、重要性も高いといえます。
「ウェルビーイング」とは、身体的・精神的・社会的に、すべてが満たされている状態を表す言葉で、社会が目指すべきゴールとして広く使われ始めています。昨今多くの企業が取り組む健康経営やエンゲージメントの向上、働き方改革といった重要な経営的人事課題を包含したコンセプトとして、ビジネス経営の分野でも注目されています。
ISO30414に準拠した情報開示は、こうしたウェルビーイング経営の実現にも寄与するでしょう。
ここでは、ウェルビーイング経営を推進するうえでポイントとなる「多様性」「組織文化」「組織の健全性・安全性・ウェルビーイング」の3領域をピックアップし、それぞれの具体的な指標や対外・対内開示推奨の有無について下表にまとめました。
ISO – ISO 30414_2018 – Human resource management — Guidelines for internal and external human capital reportingを基に編集部が作成
上に挙げた領域・指標は、身体・精神・社会の3つの要素から成るウェルビーイングに紐付く項目です。数値化された人的資本の情報が評価される今、企業価値を高めるにはこれらの情報をよりよい内容にしなければなりません。
そのために、企業がウェルビーイング経営に取り組むことの重要性はますます高まっているといえます。
これらの情報を開示していくためには、正確にデータを管理し、自社の状況を把握することが大前提です。今後、情報開示の内容によって企業価値が測られる時代において、「成果」が重視されていきます。その成果が表れてこそ、ウェルビーイング経営といえるのです。
ISO30414の認証取得に向けた動き
人的資本に関する情報開示の重要性が高まるなか、企業がISO30414の認証取得を目指すことは社会的な信頼度の向上に大きく寄与する取り組みです。ここでは、世界と日本におけるISO30414の認証取得に向けた動きをご紹介します。
世界における ISO30414の認証取得に向けた動き
世界ではISO30414の発表(2018年12月)を受け、EU・アメリカの大手企業を中心に、ISO30414に準拠した情報公開が積極的におこなわれるようになりました。2020年11月には米国証券取引委員会(SEC)が上場企業の人的資本開示を義務化し、ISO30414に準拠した情報開示を推奨しています。
そして2021年1月には、ドイツ銀行グループのアセットマネジメント会社「DWS」が世界で初めてISO30414の認証を取得しました。2022年現在は同社に加え「ドイツ銀行」「Jetuby(米)」「Allianz(独)」が認証を取得しています。
日本におけるISO30414の認証取得に向けた動き
経済産業省は2020年に「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」を6回にわたって開催し「人材版伊藤レポート」を発表しました。2021年には、上場企業がおこなうべき企業統治のガイドライン「コーポレートガバナンス・コード」が改定。
企業の持続的な成長を促すために人的資本開示が求められるようになり、日本国内でのISO30414への関心が高まりました。
2022年現在における日本のISO30414認証機関は、ISO30414に準拠した人的資本コンサルティングを展開する「HCプロデュース」のみ。また、日本でISO30414の認証を取得している企業は、経営コンサルティングやマネジメント事業をおこなう「リンクアンドモチベーション」のみとなっています。
しかし、人的資本の情報開示はステークホルダーの関心が高く、採用活動における他社との差別化にも貢献することから、今後は日本でもISO30414への対応が加速すると見込まれています。
まとめ
ESG投資への関心の高まりを背景に、人的資本開示のガイドライン「ISO30414」が世界中で注目されています。人的資本に関する情報はESG投資の重要な判断要素であり、数値化された人的資本はマーケットに評価される時代となりました。
しかし、単に情報を開示すればよいというものではなく、開示する情報はよりよい内容でないと評価はされません。よい内容を開示するためには企業と従業員が一体となって取り組む必要があるでしょう。情報を集めて分析するだけでなく、双方が改善の意識を持って長期的なPDCAを確立することが求められます。
形だけの取り組みではなく、効果を生み出す健全な企業経営を実践していくことが大切です。