近年、高齢化社会の進展や生活習慣病を始めとする慢性疾患の有病率の上昇、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行によるテレワークの推進などにより、自身の運動量や健康状態に対する個人の意識が高まりつつあります。そのような社会情勢の変化にともない、ヘルスケア領域におけるウェアラブルデバイス(端末)の需要も増え続けています。
今や、スマートウォッチなどのデバイスを用いて、心拍数や血圧、呼吸、さらには脳波に至るまで様々な生理学的指標を記録して数値化し、自身の健康管理やストレス検知に活用している方も珍しくありません。また、健康経営への取り組みの一環として、従業員向けの健康管理サービスや保健指導支援サービスにウェアラブルデバイスを導入する企業も年々増えてきています。
目次
ウェアラブルデバイスとは
ウェアラブルとは「wearable = 身につけられる」という意味であり、衣服や腕、手首などに装着して利用することを想定したIoT(Internet of Things)機器のことを指します。
これまでに発表されているデバイスの装着位置は、頭、腕、手(首)、指先、身体(上体)など多岐に渡ります。たとえば、頭部に装着するものとしてはメガネ型、手首に装着するものとしては腕時計型やリストバンド型が挙げられます。衣服型や肌に直接貼り付けるパッチ型などもすでに開発が進んでおり、ニーズや機能に合わせた使い分けが可能です。
日々の健康管理やストレス検知にウェアラブルデバイスを活用する場合、特に重要となるのがセンシング機能でしょう。
図2は、ウェアラブルデバイスにおけるセンシング機能と、取得可能な生体情報およびそれらの代表的な用途をまとめたものです。たとえば、心拍数の測定が可能なウェアラブルデバイスには光学式心拍センサーが搭載されていることが多く、光電式容積脈波記録法(photoplethysmography:PPG)と呼ばれる手法を用いて心拍数を測定しています。
生理学的なストレスを測定するメリット
私たちがストレスの原因となる出来事(ストレッサー)にさらされ続けると、生体内で生じた歪み(ストレス)は時間の経過とともにストレス反応として心身や行動面に現れます。さらに、一過性のストレス反応が解消されずに長期間にわたれば自律神経系や内分泌系にまで悪影響を及ぼし、ストレス関連疾患へと繋がる恐れもあります。そのような重篤な状況に陥らないためには、ささいな変化やストレス反応の予兆を見逃さないことが大切です。
ストレス反応は、大きく分けて「心理的反応」「行動的反応」「身体的反応」の3つに分類されますが(詳しくは「【ストレスと適応】ストレスが私たちの心身にもたらす影響とは」参照)、一つめの心理的反応はストレスチェックをはじめとしたアンケート形式のチェックツールを用いて評価、把握することが容易です。二つめの行動的反応は、日々の観察が可能なため本人だけでなく周囲の人でも比較的変化に気づきやすいでしょう。
一方、身体的反応は以下の図のようなプロセスで生じることがあります(図3)。
たとえば、頭痛やめまいなどの症状が出る前の兆候として、私たちの身体には血圧の上昇や心拍数の増加、筋緊張、精神的な発汗といった生理反応の変化が生じることがあるでしょう。上述のような生理変化は、怒りやイライラといった一過性の強い感情(心理的反応)の生起にともなうこともあります。
したがって、数値として計測しやすい生理反応に着目し、継続的に測定することによって、本人が気づいていない、もしくは報告できないような身体の無意識的な変化を捉えられるかもしれません。また、生理反応は意識的にコントロールしたり結果を歪めたりすることが難しいため、主観的な心理的反応や行動的反応を裏付ける客観的な指標にもなりえます。従来、生理反応の測定には高価な測定機器や専門的な知識が必要になるというコスト面の課題がありましたが、ウェアラブルデバイスの出現によってそれらを大幅にクリアすることが可能になりました。
ストレスマネジメントでのウェアラブルデバイス活用に関するエビデンス
アメリカのリーフ・セラピューティクス社のチョン博士たちのグループは、心拍数および心拍変動(Heart Rate Variability:HRV)注1)の連続測定が可能なウェアラブルデバイスを遠隔によるストレス管理プログラムを組み合わせて用いることで、不安および抑うつ症状が軽減するかどうかを調べました。
研究では、不安スコアが基準値を超えて高い参加者たち(N=14)は8週間の間、ウェアラブルデバイスを通じて心拍変動をリアルタイムで測定しながら、振動と視覚的な手掛かりを利用する心拍変動バイオフィードバック注2)のエクササイズに取り組みました。また、参加者たちは遠隔ストレス管理プログラムのコーチとアプリを通じてやり取りすることも出来ました。なお、本研究ではアウトカムとして、不安症状およびうつ病の症状について2週間ごとの自己報告による回答を求めました。
試験前のベースラインと8週間後のスコアを比較したグラフが図4になります。
その結果、不安の平均スコアは約3ポイント低下し、高不安状態と定義される基準値を超えたのは14人の被験者のうち2人だけでした。同様に、抑うつの平均スコアは約1.6ポイント低下しました。
これらの結果から、ウェアラブルデバイスを介した心拍変動バイオフィードバックエクササイズと遠隔ストレス管理プログラムを組み合わせることが、不安および抑うつ症状の軽減に有効である可能性が示されました。
まとめ
本記事では、ウェアラブルデバイスによる生理反応の測定およびストレスマネジメントへの活用についてご紹介しました。ウェアラブルデバイスを使えば誰でも容易に心拍数や呼吸などの測定が可能なため、データを継続的に収集することで個人特有の反応傾向を知ることが出来ます。
それによって、数値の出方が普段と異なった際に自身のストレスを自覚することや、その変化が生じたタイミングからストレッサーを振り返ることも可能性です。さらに、バイオフィードバック法などの他のストレスマネジメント手法と組み合わせることによって、より効果的なストレス介入を期待出来るかもしれません。
ウェアラブルデバイスの医療・ヘルスケア分野における活用は、健康経営へ注力する企業の増加や従業員の健康管理ニーズの拡大にともない、今後もますます広まっていくでしょう。
注1)心拍変動(Heart Rate Variability:HRV)は、心電図や脈波などから計測した心拍周期、すなわち心臓の1拍ごとの拍動の長さの変化のことを指し、ストレス検出に用いられる一般的な指標の一つです。心拍変動の周波数成分をパワースペクトル解析することで得られる0.15Hz~0.4Hzまでの高周波(High Frequency component:HF)成分と、0.04Hz~0.15Hzまでの低周波(Low Frequency component:LF)成分から、交換神経と副交感神経の活性度を抽出することが出来ます。HF成分は副交感神経が緊張している場合にのみ、LF成分は交感神経と副交感神経のいずれが緊張している場合も心拍変動に現れるため、LF/HF比を調べることによって交感神経と副交感神経の活動のバランスを知ることが可能です。たとえば、人がリラックス状態(副交感神経優位)にあると相対的にHF成分が大きくなるためLF/HF比の値は小さくなり、反対に、ストレス状態(交感神経優位)にあるとHFに対してLF成分が大きくなるのでLF/HF比の値が大きくなります。
注2)心拍変動バイオフィードバック(heart rate variability biofeedback:HRVBF)は 1 拍ごとの心拍間隔の変化(心拍のゆらぎ)を捉え、心拍変動を増大させる方向に訓練する技法です(榊原、2017)。具体的には、呼吸と心拍変動が連動していることを利用し、パソコンなどのモニターに映し出される自身の波形を見ながらゆっくりと呼吸を整えます。近年、HRVBF はストレスに関連する様々な症状の緩和に有用であることが報告されています。
引用文献
総務省 ICTスキル総合習得プログラム 講座1-2 〈2022年3月29日アクセス〉
( http://www.soumu.go.jp/ict_skill/pdf/ict_skill_1_2.pdf )
Chung、 A. H.、 Gevirtz、 R. N.、 Gharbo、 R. S.、 Thiam、 M. A.、 & Ginsberg、 J. P. (2021). Pilot Study on Reducing Symptoms of Anxiety with a Heart Rate Variability Biofeedback Wearable and Remote Stress Management Coach. Applied Psychophysiology and Biofeedback、 46(4)、 347-358.
榊原雅人 (2017). [心理学系] 心拍変動バイオフィードバックの臨床実践. バイオフィードバック研究、 44(1)、 37-41.