厚生労働省が公表した令和3年度「過労死等の労災補償状況」において、精神障害の労災認定件数が過去最多になるなど、近年増え続けるメンタルヘルス不調者への対応は現代社会において大きな課題となっています。
そのようななか、「ストレスチェック制度」は今年で義務化7年目となりました。
制度が普及し、従業員のメンタルヘルス向上や集団分析結果を活かした職場改善などが進められ、少しずつ新たな働き方、健康に配慮した職場環境が見られ始める一方で、様々な課題があることも明らかになってきています。
本記事では、職場のストレス対策やメンタルヘルスケア支援プログラムを提供する株式会社アドバンテッジリスクマネジメントのメディカルアドバイザーを務め、同社が提供するストレスチェックの実施者の立場として多くの職場の環境改善について提言している深澤健二氏に、同制度の現状やこれからの課題、制度を活かし運用していくために不可欠なポイントをお話しいただきました。産業保健の専門家、日本産業衛生学会指導医としても産業保健活動に従事する深澤氏が伝えたいメッセージとは――。
深澤 健二
株式会社アドバンテッジリスクマネジメント
メディカルアドバイザー
1992年 産業医科大学卒業後、精神科医として大学病院に勤務。その後大手企業の産業医として従事し、2015年4月より現職。労働衛生コンサルタント、日本産業衛生学会指導医、社会医学系指導医、医学博士。2018年より産業医科大学産業保健准教授に就任。
参考:ストレスチェックとは
目次
ストレスチェック制度ができたことは「大きな進歩」
メンタルヘルス不調を抱える労働者の増加を受け、厚生労働省は平成18年にメンタルヘルス指針を掲げ、自分自身による『セルフケア』、管理監督者(上司)による『ラインケア』、そして人事労務者や産業医が行う『事業場内産業保健スタッフ等によるケア』、最後は社外機関や専門家による『事業場外資源によるケア』の“4つのケア”を推進してきました。ストレスチェック制度も、これに対しさらなる強化を図るべくスタートしたものです。
出典:厚生労働省「ストレスチェック制度の効果的な実施と活用に向けて」P3 より
――事業者が実施するストレスチェックに多く携わる深澤先生は、同制度をどのように見ていますか?
「ストレスチェック制度ができたのは、メンタルヘルス対策において大きな進歩だと思います。つまり、メンタルヘルス不調の未然予防および生産性向上という『一次予防』の観点が法制度化されたこと。事業者の成長段階に合わせて制度を利用し、職場環境の整備を進めていくきっかけになれば良いと思っています。事業者のコンプライアンス意識が高まって、いまや法令順守は当然のことです。『もっと働きやすい社会をつくっていこう』という国からの大きな流れがきていて、それにこのコンプライアンス意識が上手く乗ってくると良いですよね」
厚生労働省が発表しているストレスチェックの受検率をみると、8割以上の労働者が受検した事業場は77.5%と高い結果が出ています。
出典:厚生労働省「ストレスチェック制度の効果的な実施と活用に向けて」P2 より
ストレスチェック制度を取り巻く大きな誤解。正しい目的とは?
――実施率は年々増加傾向にありますが、改めて同制度の目的について教えてください。
「ストレスチェック制度がメンタルヘルス不調の未然予防に大きな意義をもつ一方で、その目的に対して取り組まなければいけない課題があることも事実です。ストレスチェックによって、うつ病などの精神疾患を発見できると思われていることが散見されるのですが、そうではありません。『仕事のストレス』により不調となり仕事や日常生活に影響が出る前段階として、まず、いわゆる『ストレス反応』が現れはじめます。そのストレス反応にいかに早い段階で従業員自身が気付けるか、そしてそのストレスを事業者と従業員が協力して対策していくことがとても重要なんです。つまり、ストレスチェック制度は、これまでのメンタルヘルス不調時のケア、悪化させないための二次予防から、不調に陥る前に自身のストレスの状態に気づき職場組織として対策していく『未然防止(一次予防)』へとシフトした制度といえます」
ストレスチェック制度と同様に、法令で規定された健康診断があります。しかし、健康診断とストレスチェックではそもそもの考え方や運用方法が全く異なり、同じような認識で捉えてしまうと、双方を実施している意味をなさなくなってしまうと深澤氏は警鐘を鳴らします。
「健康診断は、データの異常によって自覚症状が無い段階から高血圧や脂質異常症などの異常所見を発見することができ、その結果をもとに、従業員自らが生活習慣の改善や通院加療を行うことで心筋梗塞などの重篤な疾病を予防を促すことができます。一方、ストレスチェックは、精神疾患や異常を見つけるものではなく、未然予防(一次予防)を目的としています。しかし、仕事のストレスを抱えた従業員への適切なサポートを事業者が怠った場合、従業員の心の健康や職場の生産性にマイナスの影響を与える可能性が高いんです。
そのため、事業者はただストレスチェックをすれば良いのではなく、改めてストレスチェックをする意味と、前段階でのストレス対策つまり日常的に行っている基本的な施策、そしてストレスチェック実施後にはどのように従業員のサポートをしていくべきかを考えていく必要があります。健康管理に関してこれまで事業者が『ハイリスクアプローチ』として個の対応に重きを置いていたものが、このストレスチェック制度では集団分析結果を職場環境改善にも活かすことができ、『ポピュレーションアプローチ』も可能としました。これら両軸で実施することは、従業員のエンゲージメント向上、ひいては事業者全体の生産性向上にも寄与するといえます」
――たしかに、職場でのサポートやコミュニケーションの重要性を感じますね。
「メンタル不調のきっかけは、会社で働いたことがある人なら一度は経験したことがあるような出来事で、実は珍しいことではないんです。そういった困難に直面した時に上司からもらったアドバイスが自分の人生を豊かにしたり、周りにサポートをしてもらったおかげでもっと頑張れたり……そういうことってあると思うんです。しっかりとケアをすることで、従業員のメンタル不調は防ぐことができます。とはいえ、上司のみならず本人でさえも、メンタルヘルス不調やストレス要因を日常のなかでは認識できていない場合もあるでしょう。それに気づくチャンスを与えてくれるのが、ストレスチェックであり、面接指導後の事後措置なのです」
ストレスチェック制度の実態
ストレスチェックの実施状況は年々増加傾向。しかし面接指導の申し出は5%未満の事業場も。
厚生労働省が発表しているアンケート調査に基づく実施状況をみてみると、令和2年度には全事業場のうち8割以上が実施。実施が努力義務である小規模事業場でも約4割が取り組んでおり、年々増加傾向にあります。
集団分析を実施する事業場の割合は年々増加しており、職場環境改善に取り組んでいる事業場も 40%台後半で推移しているものの、さらなる定着に向け課題も残っています。
ストレスチェックの受検者のうち「高ストレス」と判断される労働者は、大半の事業場で5~20%と一定の割合で存在していることがわかっています。事業者に申し出ることで医師による面接指導を受けることができますが、実際に申し出る人の割合は高ストレス者の5%未満という事業場が多い現状です。
出典:厚生労働省「ストレスチェック制度の効果的な実施と活用に向けて」P2 より
実態①医師面接指導後、適切な事後措置が行われていないケースも
――多種多様の事業所を対象に、多くの方々の医師面接に対応されている深澤先生ですが、現状についてどのようにお考えですか?
「医師の面接指導を希望する場合、事業者に自分が高ストレスであることを明らかにするのは勇気がいることでもあるし、話したところで何も変わらないと諦めてしまっている状況が根本にあると考えています。しかし私は、面接指導後の事後措置が適切に行われていない現状が、希望しない高ストレス者が多いことの要因として重大であると捉えています。勇気をもって事業者に希望を出したその従業員に対し、面接後の事後措置が行われていないことは、事業者に責任があることになります。医師面接後の措置については、『その必要があると認めるときは、当該労働者の実情を考慮して』適切に行わなければなりません」
――深澤先生は多数の面接指導にかかわってこられました。ご経験から面接指導対象者の傾向があれば教えていただけますか。
「精神障害との関係について、2021年度の当社のストレスチェックサービスユーザーデータ(※)をもとにご紹介しましょう。まず、面接指導担当医師から、『要新規受診』、あるいは、『要通院継続』と判定された方の割合は、ともに約14%でした。つまり、両者を合わせると、面接指導を受けた4人に1人は治療を要する状態だったことになります。
次に、対象を2020-2021の2年連続で受けた方に限定すると、『要新規受診』の割合は同等だったのに対し、『要通院継続』の割合は24%とより高率でした。要治療の方の割合は、3人に1人に高まりました。
わたしが気になったのは、この中に前年実施後に具体的措置が講じられず、職場のストレス要因が放置されていたケースがあったことです。医師の意見は、法令に基づきご確認いただいたはずなので、意見どおりの措置を講じにくい事情があったのでしょう。それでも、専門医の治療を要するほどのメンタルヘルス不調を呈している従業員が面接指導を受けたわけですから、事業者として、仕事上のストレス要因の改善に各段の注意を払う責任があります。それが十分でなかったため、再び面接指導の対象となったのでしょう。
そもそも医師が配慮の要否や措置内容を適切に意見するには、職場のストレス要因等を面接指導実施時に正確に把握する必要があります。そのため、厚生労働省のマニュアルでは、勤怠等に関する情報を面接指導担当医に提供するよう事業者に求めているのですが、残念ながらそれが十分ではないことに課題感を持っています。特に複数年連続対象になった従業員については、前年度の面接指導実施後の対応実績を含めて、情報提供の徹底をお願いしたいところです。もしも我々のような外部機関への情報提供が難しいご事情があるならば、日頃から健康管理を担当されている産業医等の先生に面接指導をお願いすることをご検討いただいた方がよいかも知れません。
いずれにしても、面接指導を希望される方は、SOSのサインを出していて、治療を要するメンタルヘルス不調を有する方も少なくないわけですから、事後措置まできちんと完遂することが事業者にとって肝要であることを強調させていただければと思います」
※「アドバンテッジ タフネス」の各プランにおける判定結果等に基づき、事業者からの依頼で2021年4月~2022年3月の間にネットワーク医師による面接指導を受けたケース。一部の集計は、メディカルアドバイザーチームによる報告書兼意見書及び面接指導記録の内容確認について、面接実施者の同意が得られたケースに対象を限定。なお、面接指導を事業所内で産業医等が実施したケースもあり、本集計は面接指導実施全例を網羅しているわけではない
実態②事業者がストレスチェックの意義を十分に果たせる状態になっていない
――なかなかショッキングな結果です。一次予防を推進するために色々な制度が設けられているのにも関わらず、それが活かされていない現状があるんですね。
「医師面接を希望する人の中には退職を検討している人、既に転職活動を始めている人もいるのですが、多くは事業者と話し合い、改善された職場環境でもう一度頑張りたいという気持ちで揺れ動いている人だと思います。そうでないと、手を挙げて、わざわざ事業者を通じて面接を希望しませんから。そのようななか、医師面接指導に必要な客観的な情報として健康診断や勤怠データを入手すべく、事業者側に依頼すると、そもそもデータを取得していないため共有することができないという事態も結構あると聞きます。また、より詳しい勤務内容や従業員への対応記録の手配をお願いしても拒否されることもあるようです。このようにストレスチェック制度の意義が十分に理解されていない可能性や、健康や勤怠に関するデータが事業者のなかで適切な管理が進んでいないと感じる事例もあります。情報提供があれば、医師としてより適切な意見をしやすくなるのですが、一方で、事業者側もデータ管理に対して課題を抱えていらっしゃるように感じます」
――「ストレスチェック制度」に対応する、事業者側の体制が整っていないという実情もありそうですね。
「過去の不幸なケースから、従業員の精神疾患が労災として認められることにもなって、その予防の観点からメンタルヘルス指針の『4つのケア』を掲げたり、ストレスチェック制度を導入したり、国としては環境改善に向けて様々な推進活動を行っています。当社はそのうちの『事業場外資源によるケア』にあたる外部機関としてサービスを提供しています」
出典:厚生労働省「ストレスチェック制度の効果的な実施と活用に向けて」P4 より
「ただせっかく、職場が起因となる疾患、特に精神疾患の労災はストレス対策を講じることで予防できるということもわかってきたので、ストレス対策や『4つのケア』を実践することで職場の人間関係やコミュニケーションをより活性化させるための取り組みが重要です。職場や仕事に対するエンゲージメントを高めることでイキイキと働ける職場環境づくりに注力する方向に繋げて欲しいと思っています。もちろん、職場環境の改善に力を入れられている事業者もたくさんあります。一方で、なかなか手が回らないケースもおありかと思います。そんなとき、外部機関としてストレスチェック制度をお手伝いし、従業員の皆さんや事業者の助けになれるなら嬉しく思います」
ストレスチェック制度の効果を最大化するために必要なこと
――ストレスチェックの集団分析をしっかり行うことはもちろんですが、さらに職場環境の改善を前進させるためには、どのようなことが必要なのでしょうか?
① ストレスチェックの意義を理解し、職場環境の改善まで取り組むこと
<マネジメント層や人事労務部門による理解>
「まずはマネジメント層や事業者の人事労務部門が従業員のストレス対策、結果として働きやすい職場を意識していることだと思います。仕事がストレスになってしまう前の段階でどんなサポートが必要か。仕事に前向きになってもらうにはどのようなサポートが必要か。僅かなサポートでも継続していくことで、職場環境が良くなり、従業員のエンゲージメントが上がる。そして結果的に事業者としての生産性も高まります。さらに重要なことは、事業者トップの意識が変わることです。ここが変わるとかなり前進します。
始めは事業者として手探りであることも多いです。人事担当者から『医師面接指導後に御社(=当社)から突然、医師からの意見書をもらって、どうすれば良いかわからない』と問い合わせを頂くこともあります。でもそれがきっかけとなってコミュニケーションが始まり、職場環境の改善に向けて動き出せば良いんです」
<従業員による理解>
「ストレスチェック制度は、ストレスチェックや医師面接指導を受けるか否かを従業員が決めることができる制度です。従業員が受検すること自体は義務ではありません。受検しない人も、面接を希望しない人の場合も、『受けても意味がない』『医師に話しても仕方ない』と思っている人がいるかもしれませんが、従業員も「より良い職場環境を作ろう」という気持ちをもって、しっかり表現して欲しいと思います。一方で、『4つのケア』をしっかり行うとともに、従業員の相談窓口を設置し、働きやすい職場風土をしっかりとつくっていくことが重要です。ストレスチェックを運用していくうえで、従業員側もその意義を理解していく必要があります」
<事業者・従業員双方が歩み寄った職場改善>
「もちろん事業者側にもこのストレスチェックを活かしてできることが沢山あります。ストレスチェックの集団分析結果、医師面接指導後の意見書の内容を受け止め、従業員の健康状態やストレス要因を理解し、職場環境改善、職場の生産性向上や活性化のための施策作りを検討していただきたいと考えます。こうした企業・従業員双方が歩み寄った取り組みは、職場の生産性向上や退職防止、職場コミュニケーションの活性化等を包含するポジティブ心理学の観点からも有用です。『ウェルビーイング』な状態、つまり身体的・精神的・社会的に良好な状態であることにも繋がるでしょう。そのためにも、事業者側は従業員に対し、職場改善に注力していくというメッセージを日頃から発信してほしいです」
② 事業者・従業員・産業医の3者が適切な関係をもってゴールを共有すること
<3者が同じ方向を向いていること>
「ストレスチェックは、事業者と従業員の距離を縮め、コミュニケーションを円滑にするきっかけを担っていると感じています。しかし、事業者・従業員の2者のみで改善していくのはなかなか難しいことでしょう。事業者や産業医が協力して組織をより良い環境に変えていくんだという意識を持つべきです。従業員、事業者、産業医各々が同じ方向を向いていないと、なかなか改善には結びついていかないんです」
<産業医が中立的な立場をもっていること>
「それからもう一つ重要なファクターがあって、従業員と事業者、そして産業医の3者の関係がきちんと分離していること、つまり産業医が中立的な立場として客観的な意見を述べることができる関係は非常に重要です。このような問題は、必ず間に入る仲介役が必要になります。産業医が医学的根拠に基づいた適切な措置を求める意見をするとともに、人事担当者としっかり連携して調整をすることが大切なのですが、仲介役の重要性はなかなか気付かれにくい点でもあります」
③ 産業医と事業者が日頃からコミュニケーションを取ること
「産業医は医学領域における専門家であり、事業者の課題にどこまで立ち入って関わるべきか、と考える産業医も多いと思います。産業医と事業者がともに手を取り合って職場環境改善に取り組める枠組みをつくり、日頃からコミュニケーションを図れる風土ができあがっていくとお互いに成長できるのではないかなと。課題に対して、産業医からどのように指導や助言を仰ぐかが重要です。人の役に立ちたいと考えている産業医ですから、お願いされて嫌な人はあまりいないと思います。
少し話は変わりますが、コロナ禍においては、産業医としっかり連携を取っている事業者ほど迅速に対策が進んでいったように思います。対応できる産業医がいることが前提にもなりますが、やはり事業者側も積極的に産業医とコミュニケーションを取って、日頃から事業者の課題や目的を共有しておくことは大切です」
『ウェルビーイング』な社会に向けて 3者連携のもとストレスチェックを活用しよう
――昔に比べて法令順守が当たり前の時代です。先生は最近の産業保健界隈の動きについてはどう感じられていますか?
「法令順守はもはや大前提ですが、それが目的となってしまっては意味がありません。企業価値を高めるためにはもっと上の概念を目指すことが求められていくといえます。
産業保健やポジティブ心理学の観点から『自己実現』と『社会貢献』の2つのバランスをいかに保つかが課題だと思っています。SDGsの流れも同じですが、これからは長期スパンで物事を捉え、目的を見据えどう進んでいくかを問われる時代です。『ウェルビーイング』が実現するのも、そのような社会なのではないでしょうか」
――ありがとうございます。最後に、ストレスチェックに携わる担当者や事業者に向けてメッセージをお願いします。
「従業員の『ウェルビーイング』な状態を目指していきましょうというメッセージを我々も発信していますが、ストレスチェックもただの義務化された制度として捉えるのではなく、活用すれば『ウェルビーイング』に繋がる価値のあるものになります。現状、人事担当者レベルで止まってしまっているケースも多いと思いますが、ストレスチェックの結果を踏まえ、その背景を理解し、どう職場改善を図っていくかを事業者・産業医・従業員の3者で一体となった取り組みが重要です」
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