生産年齢人口の減少や、人材の流動化が進む中で企業が生き残るためには、従来の人材戦略からの転換が必要です。その中で今注目されている指標の一つが「従業員エンゲージメント」です。従業員エンゲージメントの向上は、人材の定着や従業員のモチベーション維持、業績アップにもつながる重要な取り組みとなります。今回は、従業員エンゲージメントの構成要素やメリット、向上のコツを解説します。
目次
従業員エンゲージメントとは
はじめに、従業員エンゲージメントの定義について整理しておきましょう。
従業員エンゲージメントの定義
従業員エンゲージメントとは、従業員と会社の結びつきの強さを示す指標で、「エンプロイー・エンゲージメント」とも呼ばれています。1990年頃、アメリカの「ゼネラル・エレクトリック社」のジャック・ウェルチCEOが、従業員エンゲージメントの重要性を指摘したことで注目されるようになりました。
「従業員エンゲージメントが高い」とは、会社への信頼や理解が深く、組織への愛着や帰属意識、貢献意欲を高く持っている状態を表します。従業員エンゲージメントが高い状態では、従業員と会社の間に信頼関係が存在し、主従のつながりではなく、あくまでも対等な関係で結びついていることが特徴といえます。
従業員エンゲージメントと似た用語の違いを解説
従業員エンゲージメントと近い領域で扱われることの多い、各種指標との違いについて押さえておきましょう。
【従業員満足度との違い】
従業員満足度とは、従業員が組織や業務内容、職場の人間関係、福利厚生などに対する満足度を示す指標です。あくまで「満足度」であり、満足度を高めることで従業員の内発的な意欲を引き出せるとは限りません。また、満足度と職務成果の向上には明確な関連がないという指摘もあります。一方、従業員エンゲージメントと財務指標には正の相関関係があるといわれています。
【ワークエンゲージメントとの違い】
ワークエンゲージメントは、個々の従業員が仕事に対してポジティブな心理状態を持っているかを表す指標です。仕事に対する「活力」「熱意」「没頭」の3要素が揃った状態として定義されています。他方、従業員エンゲージメントには明確な定義が存在しません。従業員エンゲージメントには「仕事への意欲」のみならず、「自社への愛着心」「自身の仕事への満足感」など、組織との関係性も含めた多様な要素を内包しています。
【モチベーションとの違い】
モチベーションは、「給料を上げたいから頑張ろう」「達成すれば評価が上がる」といった、予測される結果への期待による「やる気」を含みます。一方エンゲージメントは、損得を抜きにして「会社の役に立ちたい」「任せられた仕事を頑張りたい」のような、内面から湧き出る「やる気」を指します。
従業員エンゲージメントの3要素
次に、従業員エンゲージメントを構成する3つの要素について、WTW(ウイリス・タワーズワトソン)の定義に基づいてご紹介します。
会社に対する理解度
会社への理解度とは、従業員が企業理念や組織のビジョンを理解しており、かつそれらを支持しているか、という指標です。従業員エンゲージメントを向上させるためには、まずこの「理解度」を高める取り組みが不可欠となります。
会社に対する共感
従業員が会社のビジョンやミッション、方針に共感できているか、自分が目指している方向と合っているかという点も重要です。共感が得られると従業員に当事者意識が芽生え、組織の一員としての自覚が得られます。すると、従業員はより主体的に仕事に取り組めるようになります。
行動意欲
もう一つの要素が行動意欲です。自社への愛着が湧くと貢献意欲が高まり、従業員一人ひとりが組織のために自ら行動するようになります。自身の行動が業績や企業の成長につながっていると感じられるほど、行動意欲が高まるとされています。
従業員エンゲージメントが必要とされる背景
続いては、従業員エンゲージメントが重要視されている背景についてみていきましょう。
人的資本経営の重要性が増しているため
企業を取り巻く環境や市場が変化する中で持続的に成長していくためには、人を「資本」としてその価値や可能性を引き出そうとする「人的資本経営」へのシフトが求められます。特に、近年はESG投資が世界的なトレンドになっており、ステークホルダーは企業の成長性を評価する材料として人的資本経営の取り組みを重視するようになっています。
企業は従業員を資本として捉え、中長期的に投資し、自社の成長を目指すのが人的資本経営です。会社への信頼感を高め、強い結びつきを生む従業員エンゲージメントは、投資対効果の向上という点でも重要といえます。また、従業員エンゲージメントが高いと、従業員に「この会社で働き続けたい」という意思を持ってもらえます。人材流出の防止も期待できるため、従業員への積極的な投資が無駄になりづらいでしょう。
このように、「人的資本経営」の実現に向けた人材戦略の一環という意味でも、従業員エンゲージメントの向上は不可欠なものといえます。
人的リソースの確保が求められているため
少子高齢化による生産年齢人口の減少で、採用そのものが難しい時代が到来しています。また、終身雇用制度・年功序列制度といった日本型雇用システムの維持が難しくなったことで、生涯同じ会社で働き続けることも困難となっています。終身雇用制度の崩壊は、従業員のキャリア観にも変化をもたらし、転職は今や当たり前のものとなりつつあるのが現状です。
また、高い成果を上げられる人材ほどキャリアアップ志向も強く、キャリア形成のための転職を繰り返す傾向もみられます。このように人材の流動化が進む中、企業がいかに人材の流出を抑えられるかは大きな課題です。従業員が組織に愛着を持ち、エンゲージメントが高い状態を維持できれば、ある程度長い期間組織に属し、貢献してくれる可能性があります。
変化の激しい市場・社会に対応するため
市場の国際化や消費者ニーズの多様化、テクノロジーの進化などにより、ビジネス環境は目まぐるしく変化しています。先読みの難しい時代の中で企業が生き残り、持続的な成長を遂げていくためには、従業員一人ひとりのスキルアップを促し、社会や市場の変化に対応していかなければなりません。
従業員エンゲージメントが高い状態では、自社に貢献しようという意欲やモチベーションが高いため、従業員の自発的・自律的なスキルアップが期待できます。これにより企業の成長スピードが加速し、競争力が高まることが見込まれます。
従業員エンゲージメントを高めるメリット
従業員エンゲージメントを高めることは、企業にさまざまなメリットをもたらします。
従業員のモチベーションの維持・向上
従業員エンゲージメントが向上すると、従業員は「会社のために自分は何をすべきか」「自分の仕事が会社にどのような価値をもたらすのか」が理解できるようになります。この会社で働けているということに熱意やプライドを持ち、自発的に仕事に取り組めるようになるため、従業員一人ひとりのモチベーションの維持・向上につながります。
人材の定着・離職率の低下
「従業員エンゲージメントが高い」状態とは、従業員が会社に愛着を持っていて、会社に貢献できる喜びや仕事のやりがいを見出せていることです。つまり、人材の定着、離職率の低下といった効果も期待できます。
また、離職率の低さは求職者への大きなアピールポイントでもあります。採用難の中でも人材を確保しやすくなる可能性があるでしょう。
組織の活性化・業績向上
エンゲージメントの高い人材が増えると、従業員からも「目標をクリアするにはどうすべきか」「より良い業務の進め方はあるか」など、前向きな議論ができるようになります。従業員同士のコミュニケーションが活発になることでチームワークが向上し、組織全体が活性化するでしょう。
このように心理的安全性が高い職場は、生産性も高まるとされており、企業の業績向上にも寄与します。実際、従業員エンゲージメントが高い企業においては、利益率が高まる傾向がみられたという調査結果も報告されています。
参考:慶應義塾大学・山本勲「2. 人的資本の稼働向上― 従業員のウェルビーイング向上の⽅策とその企業業績への影響」(⽇経「スマートワーク経営」調査説明セミナー)
従業員エンゲージメントを向上させるコツと方法
従業員エンゲージメントを向上させる方法は一つではありません。自社における「エンゲージメントの高い、理想的な状態」をあらかじめ定義した上で、幅広い観点から取り組みを進めていきましょう。
企業理念やビジョンの浸透を図る
従業員一人ひとりが「会社として目指すものは何か」「顧客や社会に提供する価値は何か」を理解していることが大切です。まずは、企業理念やビジョンを従業員に正確かつわかりやすく伝え、浸透を図ります。理念に込められた想いやストーリーなども丁寧に発信することで、共感を得られる可能性があります。ミーティングや朝礼などで経営層からのメッセージを伝える、あるいはイントラネットや社内報などを活用し、継続的に理念の周知に取り組むと良いでしょう。
サーベイを実施する
従業員エンゲージメントは目に見えにくい指標であるため、取り組みの成功・失敗の検証が困難です。エンゲージメントサーベイによって、エンゲージメント低下の原因となっているものは何か、向上に重要な要素はどこにあるかを環境や従業員当人に関連する要因から探り、適切な打ち手となるアプローチを検討、実施します。
また施策の実施後にも定期的にサーベイを行い、現状の把握と改善のPDCAサイクルを回すことが大切です。将来的な取り組みも想定し、過去のサーベイ結果と比較できるように、「同じ設問で今後も継続的に調査ができるか」という観点で設問を設計することが重要です。
個・組織の課題解決に必要なPDCAサイクルを構築。メンタルヘルス業界シェアNo.1のアドバンテッジリスクマネジメントが提供する、センサス「アドバンテッジTOUGHNESS(タフネス)」とパルスサーベイ「アドバンテッジpdCa(ピディカ)」が、変わらなかった課題を解決します。
従業員のキャリア開発をサポートする
従業員のキャリア開発・形成を支援することも、従業員エンゲージメントの向上に不可欠です。例えば、キャリアデザイン研修を行って今後のキャリアイメージを掴めるようにする、階層別研修を手厚く行うなどの施策が挙げられます。「会社は自分のことを大事に思ってくれている」「もっと会社に貢献したい」という意欲が高まり、さらなるモチベーション向上も期待できるでしょう。
人事評価制度やマネジメント方針を見直す
人事評価制度やマネジメント方針の見直しも大切です。従業員が「頑張りをきちんと評価してくれない」と感じると、会社に対する愛着や信頼は失われてしまいます。従業員に対して評価基準を明確に示し、公平かつ納得度の高い人事評価を行うことが求められます。
「360度評価」や「コンピテンシー評価」など、自社に合った手法を採ることが重要です。管理職のマネジメント能力を高め、効果的なフィードバックを行うことも有効です。
ワークライフバランスを推進する
たとえ仕事にやりがいを感じていたとしても、残業が多い、有給休暇を取りづらい、育児や介護などとの両立が難しいといった環境では、従業員エンゲージメントは高まりにくいでしょう。一人ひとりの価値観を尊重した多様な働き方を実現するため、ワークとライフのバランスを調整できる環境づくりが重要です。
例えば、デジタルツールなどを導入し業務効率化を図る、フレックスタイム制度や時短勤務制度など、勤務時間を柔軟に調整できる制度を設ける、リモートワークを導入して働く場所の自由度を高めるなどの取り組みなどが挙げられます。経営側が一方的に進めてしまうのではなく、現場の従業員の意見を反映して課題解決につながるような施策を打ち出しましょう。
社内コミュニケーションの活性化を図る
社内のコミュニケーションを活発化し、従業員同士の関係性を深めることも大切です。業務上のやり取りがスムーズになり、チームの結束力も高まります。心理的に安心して仕事に取り組むことができるため、ストレス軽減やハラスメント防止といった効果も期待できます。アイディアとしては、1on1ミーティングで上司との接点を設ける、ランチミーティングで他部署との交流機会を作る、サンクスカードを導入してコミュニケーションの機会を増やすなどが有効です。
★このような悩みを抱える企業様におすすめ!
● エンゲージメントの改善が必要だが、効果的な改善策をイメージできない
● 全社規模でエンゲージメント施策を推進する枠組みを知りたい
● エンゲージメント向上施策を立案・実行するために、役立つアドバイスやヒントが欲しい
従業員エンゲージメントを高めた企業事例
最後に、従業員エンゲージメントを高める取り組みを行っている企業事例をご紹介します。
【ビジョン発信・浸透】株式会社サイバーエージェント
株式会社サイバーエージェントでは、自社のビジョン発信、浸透を図るために以下のような取り組みを行っています。
主な取り組み内容
- 従業員が協力しあい、自発的にビジョン実現・新規事業の創出に取り組むことを前提に、ミッションステートメント・価値観を策定
- 価値観を記載した冊子を作成し配布
- 従業員の目に入る位置にミッションステートメントを張り出し、継続的に発信
- 浸透施策については、従業員の受け入れやすさ、運用を考慮し、ネーミング面でも訴求
参考:経済産業省主催 経営競争力強化に向けた人材マネジメント研究会「平成30年度産業経済研究委託事業(企業の戦略的人事機能の強化に関する調査)」
【キャリア形成支援】SCSK株式会社
SCSK株式会社では、従業員のキャリア形成を支援するために以下のような取り組みを行っています。
主な取り組み内容
- iCDP(自律的・戦略的・統合的なキャリア開発)の考え方のもと、経営戦略と人事関連の取り組みを連動
- 自身の中長期的なキャリア展望を上司に伝え、企業が目指す方向性とすり合わせるCDPを中心に、採用、教育、配置・経験、認定・評価を行う
- 若手のマルチスキル化や変化対応力の養成を目的とし、若手従業員を対象としたキャリア開発プログラムを実施
- 組織内の専門性を可視化し、従業員の成長を促すために、専門性認定制度を構築(17職種・レベル1~7)
参考:厚生労働省「内部労働市場を活用した人材育成の変化と今後の在り方に関する調査研究事業」
【ワークライフバランス推進】株式会社ZOZO
株式会社ZOZOでは、ワークライフバランスの推進を目的に、以下のような取り組みを行っています。
主な取り組み内容
- 会社一律で働き方を定めるのではなく、各部門に適した働き方を検討
- 変形労働時間制を活用し、総労働時間・給与を維持したまま1日あたりの勤務時間を長くする(1日8時間×週5日勤務または1日10時間×週4日勤務)
- 選択的週休3日制を導入(ホスピタリティ本部)
- 担当者が休みでも業務に支障が出ないよう、業務の属人化の改善、会議時間の調整、業務引継ぎの工夫なども現場主導で実施
自社に適した取り組みを進めましょう
従業員エンゲージメントの向上は、単に従業員のモチベーションや意欲を高めるだけではなく、企業にとっても人材の定着や安定的な成長を目指す上で欠かせないものといえます。従業員と企業の信頼関係や結びつきを深めるには、企業理念の浸透やキャリア形成の支援、社内コミュニケーションの活性化など、幅広い観点からの取り組みが求められます。ただし、従業員エンゲージメントは可視化しづらいため、定期的にサーベイを行い、打ち出した施策の効果を検証することが大切です。
まずは、エンゲージメントサーベイを行って現状の課題を精査し、自社に必要な施策を見極めることから始めましょう。