昨今、ウェルビーイングの観点を包含する「人的資本経営」が注目され、人的資本への投資は「企業価値の向上に向けた戦略投資」として捉えられつつあります。
その一環として求められている「人的資本の情報開示」について、背景や開示項目、押さえておきたいポイント、情報開示のためのステップなどについて紹介します。
目次
そもそも「人的資本の情報開示」とは
企業価値を構成する要素のうち、無形資産の中核を成すのが人的資本です。現在、企業価値向上への期待から情報開示の重要性が高まっています。まずは、人的資本とは何か、情報開示が求められる背景を見ていきます。
人的資本とは
人的資本とは、人を「資本」、すなわち「 戦略的な投資をすることで価値が高まるもの 」と捉える考え方です。具体的には、従業員が持つ、能力・経験・イノベーションへの意欲などを指します。
人的資本は、知的資本・自然資本・社会関係資本などと同じように無形資本に含まれます。持続的な企業価値を向上する推進力は、財務資本・製造資本といった有形資産から無形資産へと変化しているのが現状です。
米国の市場価値に占める無形資産の割合で見ると、2020年には90%にまで増加(※1)しており、なかでも企業価値を生み出す個人の能力や、才能といった人的資本が重要視されるようになっています。
※1 出典:内閣官房「基礎資料」P5
人的資本の情報開示が求められる背景
内閣官房 「人的資本可視化指針」を参考に当社作成
人的資本は無形資産の中核を成す重要な要素です。社会のサステナビリティと企業の成長・収益力を両立できる可能性があります。そのため、多くの投資家が投資の際の判断要素として、人材戦略に関する「経営者からの説明」を期待しています。
人的資本への投資や戦略をわかりやすく開示することは、投資家・経営者・従業員間においても相互理解が生まれ、社内の組織力や投資家からの期待も高まります。その結果、企業価値の向上へとつながるでしょう。
このように、人的資本への投資は「コスト」ではなく、「企業価値向上に向けた戦略投資」と捉えられるようになっています。
情報開示に向けた本質的な取組が必要
前項のような流れを受け、2022年8月には、内閣官房より人材投資に関わる経営項目の開示ガイドライン「人的資本可視化指針」(上場企業対象)が発表されました。うち一部は2023年度にも有価証券報告書への記載を義務付けられる見込みで、非財務情報の可視化が本格化していく予測です。
情報開示そのものへの対応はもちろん、開示する情報がポジティブな内容であれば、より対外的な評価が高まるため、企業価値の向上にもつなげられます。そのためにも、企業は情報開示に向けた本質的な取り組み・準備が必要です。
人的資本の情報開示項目
内閣官房 「人的資本可視化指針」を参考に当社作成
人的資本の開示項目は19項目あります。制度上開示が必要な内容(制度開示)に加え、それ以外の場でも情報を積極的かつ戦略的に開示する(任意開示)ことが求められています。
人的資本の情報開示にあたり押さえるべきポイント
人的資本の情報開示にあたり、押さえておくべきポイントがあります。以下の3点を意識しながら進めていきましょう。
自社の戦略に沿った開示内容を定義する
特定の基準に沿った定型的な開示ではなく、自社戦略と人材戦略を紐づけ、人的資本への投資がどのような効果をもたらすかわかりやすく示すことが求められます。
具体的には、健康経営宣言や健康経営戦略マップなどで公表している自社の取り組みと関連性のある数値を開示し、「自社にとって意味のある/重要な項目において取り組んでいる」ことを伝えることが重要です。必ずしも独自性や変わり映えするものを意識する必要はありません。
ステップバイステップで情報開示する
情報開示は、初めから完璧を目指す必要はなく、ステップバイステップで開示することが大切です。開示内容へのフィードバックを受け止め、人材戦略のブラッシュアップを繰り返しながら、本質的な人的資本経営を体現していきましょう。
※情報開示への具体的なステップは次の章で詳しく解説します。
人的資本への投資効果をロジカルに示す
人的資本の可視化を行うにあたり、経営者は投資家に対して以下の点を意識して示す必要があります。
1. 自社人材に関する方針や人的資本に関する環境整備方針などについて、自社が直面するリスクとチャンス、長期的な業績や競争力を関連づける。
2. 取締役・経営層レベルで、「目指すべき姿は何か」「何の指標を追っていくか」などを密に話し合う。
3. 明瞭に、かつロジカルに説明する。
人的資本の情報開示に向けた3ステップ
人的投資の情報開示に向けて、人的資本経営・情報の可視化に向けた体制を確立するとともに、開示内容の戦略を検討しましょう。この「体制づくり」と「開示に向けた戦略づくり」を、定量的な把握と分析を行いながら一体的に取り組むことが大切です。最後に人的資本の情報開示ステップをわかりやすく解説します。
Step1. 情報可視化に向けた体制作り
人的資本の情報開示に向けて、企業内の体制を作る必要があります。主に以下の6つのポイントを意識しながら、体制を作っていきましょう。
目的 | 方法 | |
①トップのコミットメント | 戦略の強力推進をするため | トップが人材戦略および可視化に対してコミットし、積極的に発信・ 対話する |
②取締役会・経営レベルの議論 | 戦略のつながり担保・説得力UPのため | 企業のビジョンや戦略などと結びつけながら、一体となって議論する |
③従業員との対話 | 従業員の共感・投資家のポジティブ評価を得るため | 人的資本投資や人材戦略について、経営戦略や自社のビジョンと絡めて従業員と対話する |
④部門間の連携 | 効率的に可視化をするため | 関連部署が連携して人材戦略とその開示方法を検討 社内横断チームを作ることも検討 |
⑤人的資本指標のモニターと情報基盤の構築 | 社内議論の活発化・注目度を向上させるため | 各取組の目標やその進捗をモニターする指標を設定 人的資本関連情報のDXやテクノロジーの活用 |
⑥バリューチェーンにおける取引先との連携 | 自社単体では説明が難しい部分を補完するため バリューチェーン全体における取組を充実化するため | 取引先と綿密なコミュニケーションを取りつつ、必要に応じて開示への協力を依頼する |
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Step2. 開示内容の戦略作り
経営戦略と人的資本に関する戦略を結び付けた「統合的なストーリー」に基づいて、「4つの要素」に沿って具体的な開示事項を定めていきます。
①人的資本と経営戦略のつながりを明確化し、「統合的なストーリー」を構築
「統合的なストーリー」の構築に向け、まずは人材資本と人材戦力の整理をします。経済産業省が発信している「価値協創ガイダンス」(※1)や、国際統合報告評議会(IIRC)「国際統合報告 フレームワーク」の中に掲載されている「価値創造プロセス」(※2)といったフレームワークを活用できます。
< 「価値協創ガイダンス」を活用してできること>
経営の各要素を整理し、自社の経営戦略と人的資本への投資/人材戦略の関係性=「統合的なストーリー」を構築する。
<「価値創造プロセス」を活用してできること>
人的資本に関するインプットが事業活動を通じてどのような価値につながるのか、他の資本との関係性を含めて統合的に整理し、情報を補完する。
※1 経済産業省「価値協創ガイダンス2.0」
※2 国際統合報告評議会(IIRC)「国際統合報告 フレームワーク 日本語訳 」内 「価値創造プロセス」
②「4つの要素」に則り投資家への説明構成を作る
「統合的なストーリー」を明確にしたうえで、つぎは投資家へ説明するための情報を整理していきます。投資家への説明になじみのある形式である「4つの要素」(ガバナンス・リスク管理・指標や目標・戦略)に則り、具体的な開示事項を検討していきます。
「4つの要素」は、先述の「価値協創ガイダンス」で使用する項目と対応しているので、活用するとより便利です。
③具体的なプランを策定する
開示項目の具体的な内容を検討する際は、経済産業省が公表している、2つの「人材版伊藤レポート」の内容が参考になります。「人材版伊藤レポート1.0」では人的資本経営の基本の考え方・ポイントを学べて、「人材版伊藤レポート2.0」では、1.0の内容に基づき、具体的な取り組みのアイディアを学べます。しっかり理解を深め、人的資本経営を体現しましょう。
Step.3 開示内容の実行&ブラッシュアップ
開示した内容や目標の成果を上げるためには、現在の状況と目標のギャップを定期的かつ定量的に把握し、効果検証を繰り返すことが大切です。開示後の投資家からのフィードバックも、積極的に施策に反映します。
このように開示内容をブラッシュアップしていくことは、結果的に企業や従業員にとっても働きやすい会社として成長し、ウェルビーイングにつながっていくでしょう。
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人的資本の情報開示に向けて、環境整備の取り組みを始めよう
今後、企業価値を高めるためにも人的資本の情報開示の重要性は高まります。企業の成長につながる情報開示を行うためには、「ただ情報を開示するだけ」ではなく、本質的な人的資本経営を体現することが重要です。人的資本の情報開示に向けて、検討すべき施策や環境整備の取り組みを始めましょう。
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