DEIとは、ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョンの頭文字を取った略語で、多様性とアイデンティティを尊重し、かつ、公平な活躍の機会を与えられている状態を意味する言葉です。企業経営における人的資本活用の考え方として近年注目されており、経営戦略の一環として推進する企業もみられますが、海外ではDEIの縮小・撤退を進める動きが増えてきています。本記事では、DEIの定義やメリットのほか、問題点や課題について解説します。

目次
DEIとは

「DEI」とは、「Diversity(ダイバーシティ:多様性)」「Equity(エクイティ:公平性)」「Inclusion(インクルージョン:包括性)」を表す言葉です。もともとは「D&I」の2要素で認知されていましたが、「Equity」が加わり現在の概念となりました。まずは、DEIそれぞれの定義についてみていきましょう。
D:ダイバーシティ/Diversity(多様性)
ダイバーシティ(Diversity)とは、年齢、性別、国籍や人種、宗教や信条、言語、障がいの有無などに加え、価値観、経歴、文化なども含めた多様性のことです。ビジネスにおいては、一人ひとりが持つ多種多様な個性を尊重し、取り入れることによって組織の成長やスキルアップ、個々の幸福の追求を同時に目指すことを意味します。
ダイバーシティには2種類あり、「表層的なダイバーシティ」は性別や人種など、外見的にもわかりやすい多様性のことです。対して、「深層的なダイバーシティ」は価値観や考え方、働き方など、識別しづらい多様性を表します。
<表層的なダイバーシティ>
性別、人種、国籍 など
<深層的なダイバーシティ>
価値観、パーソナリティ、働き方、キャリア など
E:エクイティ/Equity(公平性)

エクイティ(Equity)は、待遇や昇進などについて、公平性の担保を目指すことです。すべての従業員を平等に扱うのではなく、個々の状況やニーズに応じて機会や情報を提供し、平等な「結果」が得られるよう配慮します。エクイティが担保されるよう、公平性を阻害する要素を取り除いたり、公平を保つための支援を行ったりすることが求められます。
I:インクルージョン/Inclusion(包括性・受容性)
インクルージョン(Inclusion)は、多様な人材が組織に存在しているだけではなく、個々が持つ独自の考え方や価値観が認められ、組織に活かされていることを意味します。一人ひとりが自分の「居場所がある」という実感を持っている、職場で「尊重されている」と認識できている状態です。
DEIが注目された背景

DEIが注目を集めた背景には、主に以下3つの要素があります。
- 人材の確保
- 多様化する働き方への価値観
- 人的資本開示を求める動き
1.人材の確保
人口減少によって少子高齢化が進む日本では、業界を問わず深刻な人手不足に陥っています。労働力を補うためには、女性やシニア・外国人といった幅広い人材の確保が欠かせません。多様な人材が働きやすく、活躍できる環境整備が求められているなかで、DEIを推進することは、求職者へのアピールという側面も大きいでしょう。
2. 多様化する働き方への価値観
人材だけでなく、働き方の多様化も進んでいます。リモートワークなどの新しい勤務スタイル、男性の育休取得、時短勤務など、個々が望むワークライフバランスの実現に応えるためには、柔軟な働き方ができる制度を整える必要があります。DEIの一環として取り組みを進めることで、多様な働き方に対する理解促進の一助となる可能性もあるでしょう。
3. 人的資本開示を求める動き
世界的にも、人的資本経営に積極的に取り組む企業は、利益のみならず社会的価値も高いと評価される傾向にあります。投資家などのステークホルダーは、人的資本情報を企業の価値や将来性を判断するための重要な要素として捉えており、日本でも情報開示が推奨されています。多様な人材の採用・登用のほか、女性管理職比率を上げるなど、人的資本経営への取り組みを社外にアピールする狙いで、DEIを推進する動きもみられるようになりました。
DEIを推進するメリット

企業を取り巻く環境が変容しつつある今、その変化に対応し持続的な成長につなげていくためには、新たな視点で経営戦略・人材戦略を見つめ直すことが必要です。多様な人材の能力や特性を活かすDEIの推進が、新たな企業価値の創造にもつながります。ここでは、DEIを推進するメリットについて解説します。
新しいアイデアの創出
DEIの推進により、新しいアイデアの創出が期待できます。ニーズの多様化、消費の成熟などにより、商品・サービスの需要は細分化しており、従来のような機能や価格による差別化だけでは消費者に選ばれない可能性が出てきました。このような潮流で企業が生き残るには、DEIによるアイデアの活性化が不可欠です。異なる考え方・バックグラウンドを持つ人材が企業に集まり、かつ、その特性に適した職種・業務に就いて能力を発揮することでイノベーションが生まれやすくなります。さまざまな意見を取り入れることで、問題の早期解決にもつながるでしょう。
人材獲得の競争力向上
日本では、少子高齢化によって働き手不足が進んでいます。若い世代の人口が減り、新卒一括採用が厳しくなっている今、女性や外国人・障がい者・シニアなど、多様な人々を受け入れる姿勢が欠かせません。
また、働き手となる若手人材は、企業のDEI推進への取り組みに対して強い関心を寄せているため、DEIを推進する企業は就職先に選ばれやすいともいわれています。多様な価値観を尊重し、公平な職場環境の実現を目指すDEIは、人材獲得の面でも大きな後押しとなります。。
企業価値・イメージの向上
DEIの推進は、企業のブランディングにも貢献します。従業員をはじめとして、関わるすべての人の個性を尊重する企業である、というイメージを社内外にアピールできるでしょう。
また、マーケティング戦略においても企業情報としてDEIの重要度は増しており、ユーザーが商品・サービスを選ぶ基準の一つにもなっています。投資先、取引先、顧客、つまり社会から魅力のある企業だと認識してもらうには、DEI推進を経営戦略に盛り込む、具体的な取り組みを公表するといったことが一層重要です。
DEIがアメリカで問題視された理由

国内ではDEI推進の動きが広がりつつありますが、アメリカではDEI施策を問題視する見方も出てきています。続いては、アメリカでDEIの施策が見直されたきっかけと、その理由をみていきましょう。
アメリカはDEI施策を縮小する方針へ
2025年1月、アメリカのトランプ大統領は、連邦政府のDEI施策を終了する大統領令に署名しました。これを受け、AmazonやMeta、アクセンチュア、マクドナルドといった一部の大手アメリカ企業もDEI縮小の方針を示しました。マクドナルドは、人種的、性的マイノリティや女性の管理職比率引き上げといったDEI関連の数値目標を取りやめるとしています。
大統領令では、バイデン前大統領によるDEI推進施策を「違法かつ不道徳な差別プログラム」と糾弾し、「連邦雇用慣行は、個人の積極性や、技能、業績、勤勉度によって行われるべきで、DEIまたはDEIAに係る要因、目標、方針、義務または要件を考慮してはならない」と実力主義による雇用・評価の推進を強調しました。
DEIの問題点
アメリカにおけるDEI推進の動きの中には、「大学入試において人種を考慮した措置がとられる」「マイノリティの比率を高めるためのプログラムの実施」などがあり、過度にマイノリティを優遇するような「行き過ぎた公平性」を進めることは、マジョリティに対する「逆差別」だとして、一部では不満の声も高まっていました。「本人の能力が認められて登用された」のではなく、「マイノリティだから採用された」と受け取られかねない施策もみられ、DEIに対する解釈や認識の違いが混乱と批判を生んだと考えられます。
DEI推進の取組事例

ここからは、企業が推進するDEI施策を、具体的な事例とともにご紹介します。
多様な働き方への対応
多様な人材が活躍できるよう、時短・リモートワークなど柔軟な働き方が可能となる仕組みの構築を行います。その上で、職場の生産性を落とさない、社員の能力開発を進められる仕組みづくりも重要です。
【例】
- リモートワークを導入し、オンライン会議を積極的に活用する
- 育児・介護・副業・自己実現などを目的に、時短正社員制度を導入する
- 在宅勤務や短時間勤務制度が機能するよう、業務スケジュールを全職場メンバーに共有する
- 業務の進捗状況を担当以外でも確認できる状態にする
- 組織全体として従業員の多能工化を進め、相互に補完し合える体制を構築する
- 時短正社員でも管理職に登用し、フルタイム勤務でなければ職場マネジメントができないという既存の考えを打破した働き方を実現する
- 性別や勤務形態、国籍などにかかわらず、全社員をスキル開発の対象にする
- 有期・無期雇用に関係なく、デザイン・語学など個々のスキルを活かせる業務にアサインさせる
子育て・介護・自己研鑽などとの両立支援
育児や介護、キャリアアップのための自己研鑽などと仕事を両立できる仕組みの構築・支援を行います。
【例】
- 向上心のある社員を育てたいという目的のもと、勤務しながら大学や専門学校に通えるような制度の策定(授業時間に合わせて退勤時間を調整する)
- 育児・介護・副業・自己実現などを目的とした、時短正社員制度の導入
- 介護や学校行事で利用できるファミリーサポート休暇の導入
- メンバーの家庭と仕事の両立支援・指導をテーマにした、管理職向けの必須研修の実施
- 仕事と子育ての両立に対する不安を取り除くため、当事者向けの研修や復職ガイドブックの整備、福利厚生サービスの導入
女性や障がいのある方の活躍推進
性差やマイノリティによって、労働が制限されないための仕組みづくりも大切です。
【例】
- 女性や障がい者の採用に向けた更衣室・化粧室等の環境整備
- 障がいのある社員も同じように仕事を進められるよう、業務内容を整理・細分化し、わかりやすく共有
- 性差によらない、適切な管理職登用のために明確な登用基準の策定・見直し
DEI実現のためのポイント

DEIの推進・実現のためのポイントを、具体例を交えてご紹介します。
DEIビジョンの明確化と浸透
まずは、DEIを推進することで「何を実現したいのか」「経営戦略上どのような位置づけになるのか」「どんなメリットがあるか」を考え、どのような状態になればDEIが実現したといえるのか、ゴールを明確にしましょう。ゴールや目標の設定のみならず、経営層から社内外へ向けて発信する、従業員に対して研修を行うなど、社内全体の理解を深める活動を実施し、企業の文化としての浸透を狙います。
【例】
- 外部機関により設定されたDEIの評価指標を基準にして、定量的な目標を策定
- 経営層自ら、DEIついてのメッセージを発信する
- 社内でDEIに関する意見交換の場を設ける など
DEI実現のためには、まず正確なデータを踏まえた社内の現状把握が重要です。
人事管理制度の整備
多様な価値観の人が集まれば、働き方に対する考え方も多様になります。働き方によらず、求められる役割や成果に基づいて公正に評価できる仕組みづくりが必要です。
【例】
- 資格等級の基準を明確にした上で、半期ごとに目標を定め、その成果に応じて評価する目標管理制度を導入
- 労働時間によらず、業務内容やそのアウトプットで評価する仕組みの構築 など
多様な考え方を受け入れる組織風土の醸成
自身のパーソナリティ、考え方、信念など、深層的な多様性を受け入れられるような組織風土の醸成も重要です。自分の考えや気持ちを言いやすい心理的安全性の高い組織では、新たなアイデアが出てくるようになり、企業の成長や生産性向上につながります。
また、同時にアンコンシャス・バイアス(無意識による偏見)をなくすトレーニングを行いましょう。性別・年齢・国籍・人種などにより相手を評価・判断する行為がアンコンシャス・バイアスにあたることを知り、意識や行動の改善を図ります。
【例】
- 管理職が「自身の考え方と異なる意見も聞き、さまざまな価値観を認めつつリードする」というダイバーシティマネジメントを行う
- マネジメント人材の学びや意識改革を目的とした研修の実施 など
DEIの取り組みを実施する際の注意点

DEIの推進にはメリットも多いですが、注意すべきこともあります。DEI施策の実施時に気をつけるべきことをチェックしておきましょう。
組織内での対立・摩擦の発生に注意
多様性を追求する中では、時に価値観や考え方の「違い」が対立や摩擦を生じさせてしまうことがあります。これは、「多様性の受け入れ」を「全ての人の要望・主張を無条件に叶えるべき」と解釈しているケースで起こりやすく、この考え方が行き過ぎると、誰かの意見が排除される、特定の価値観が優先されることにもつながりかねず、反発が生じる可能性もあるでしょう。しかし、多様性の本質は「価値観の異なる人の存在を否定しない」ことであり、違いを理解したうえで、柔軟な思考のもと共存を目指すことが実現のカギとなります。
DEIへの理解が薄い環境で取り組みを強行すれば、お互いの価値観を尊重できずに衝突し、ハラスメントなどが起きるかもしれません。DEIについて知識を深め、理解を促進するための研修や、チーム・組織内でのコミュニケーションの方法について学ぶ機会を提供することが望ましいといえます。
制度の複雑化・コスト増加のリスク把握
人事評価など、従来の社内制度がDEIの方針に一致しない場合は見直しが必要となることもあります。公平性が保てないままDEIの取り組みだけを進めてしまうと、従業員が不満を抱く可能性もあるため注意が必要です。
また、制度が複雑化することでコストが増えることも予想されるため、すぐに組織や経営にとってプラスの効果があらわれるとは限りません。
DEIは今後どうなる?

アメリカ国内で起こった一連の動きについて、多様性を重視するDEIの考え方そのものが否定されたという受け止め方はなされておらず、DEIを継続する企業も少なくありません。日本への影響はほとんどないとみられていますが、DEIの本質を捉えた適切な取り組みを進めていくことが求められます。
DEIの推進は組織・従業員双方の成長・活性化につながる

グローバル化による競争の激化や、労働人口減少による働き手不足の中で、多様な人材を受け入れ、企業価値を向上させるDEI推進への取り組みは、必要不可欠な戦略であるといえます。新たな価値観を認識することは、個々のスキルアップやイノベーション創出の可能性を広げるでしょう。
また、近年の人的資本経営や人的資本情報の開示の流れを受け、DEIを経営戦略のひとつとして活用する動きもあります。ステークホルダーの企業評価にポジティブな影響を与え、投資を後押しすることも期待できます。アメリカでは反DEIの動きもみられますが、適切なDEIの取り組みは、従業員だけでなく企業の活性化や成長にもつながるでしょう。