<本記事を読むと分かる事>
自分の思考や感情にとらわれていると気づいた後に、うまく扱うための最初のステップのイメージができる
目次
背景
この記事では、世界保健機関(WHO)が勧める、世界中の人々に共通して役立つストレス対処スキルについてWHOが公表しているガイドブック※1をもとに解説します。
前回の内容※2を簡単にまとめると、以下の3点となります。
- 考えや感情にとらわれる(フックされる)瞬間に気づき、それをはずす
- ありたい自分についての願い(価値)を意識する
- 五感を使って自分の考えや感情に気づくための決まった手順(グラウンディング)を練習する
考えや感情にフックされる状態とは、次の図のようなイメージです。頭の中で展開する思考や感情の情報に自分の意識が引っ張られて、現実の目の前のタスクに集中できなくなる様を示しています。
例えば、「自分にはできない」とか「あの時失敗してひどい目にあった」といったような思考とそれに伴う感情が頭の中を支配していたら、実際に動かす手がにぶることは想像しやすいでしょう。同僚や上司・部下とのコミュニケーションにおいても、「自分の仕事ぶりを批判されるのでは」と心配することで、伝えるべき情報が不足する場合も考えられます。
今回は、自分の考えや感情が、たとえ強力なフックであったとしても、あわてずにうまくはずす方法について学んでいきます。
フックをはずす難しさ
自分の思考や感情にフックされてしまったときのはずし方について、前回の記事では、とにかく目の前の事に集中する方法を説明しました。
例えば、飲み物を人生で初めて飲むかのように、色、味、香り、温度、飲むときの自分ののどの動きなどをゆっくりと確かめ、好奇心を向けながら飲んだり、会話相手の話の内容や声のトーン、顔の表情などに意識を向けながら会話を続けたりするなど、目の前の事に注意を切り替えることで、頭の中の思考や感情から邪魔されていることに気づきやすくなります。分かりやすく表現すると、内向きから外向きの視点の転換とも言えます。
とはいっても、思考や感情からのフックが強烈で、目の前の事に全然集中できない場合も多いでしょう。そもそもなぜ、対処方法がフックを「はずす」ことなのでしょうか?はずすだけでは、思考や感情がそこにあり続けることに変わりありません。嫌な考えなんて、きれいさっぱり忘れちゃえばよいのでは?と思う方もいらっしゃるでしょう。
では、忘れよう、頭から消し去ろうとがんばりすぎる際に人はどういう行動をとりがちになるのか、イラストで見てみましょう。
自分にとって不快な場面を直視しないようにすれば、しんどさや不安などを感じずにすみます。また、仕事や私生活において嫌なことがあっても、やけ酒・やけ食いといった自分に物理的な刺激を与える行動をとることで、自分の身体の感覚の方に注意を向け続けることができます。自分だけではなく身の回りの方の行動を含め、多かれ少なかれ誰でも思い当たる所があるのではないでしょうか?
こうした対処法を選択することによって一時的には苦しい考えや感情から逃れられるかもしれません。しかし、前回の記事で解説したように、意識せずに考えや感情から逃れようとする動きは、自動的に「価値からそれる」方向に進むことになります。つまりウェルビーイングから遠ざかる動きになってしまうのです。
思考や感情を忘れよう、頭から消そうという、わたしたちが自然にとりがちな発想から、「フックをはずす」という別のやり方を意識的に選んでいくことがとても重要です。イメージとしては以下の図のような対応です。
フックをはずす最初の2ステップ
思考や感情にフックされていると感じたら、最初に行う2つのステップがあります。
■気づく
■名づける
それぞれについて詳しく解説していきます。
気づく
思考については特に次にあげるテーマが出てきやすいので、それぞれの領域について何か自分が気を取られている事がないか確認しましょう。
- 過去の出来事をぐるぐる思い返す
- 未来について悲観的に心配し続ける
- 自分は○○(弱い、ダサい、価値がない、など)
感情については、具体的に体のパーツを特定すると気づきやすくなります。以下の図を参考に、感情が生じている体の場所をイメージしてみましょう。
名づける
思考や感情に気づいた後は、それらを単純に「○○がある」と文章にして、心の中で言ってみます。たとえば、
- つらい記憶がある
- 将来の不安がある
- 自分は弱いという考えがある
- 胸の締め付けがある
- 額の圧迫感がある
- 胃の痛みがある
これが名づけるステップです。このステップの有効性を高めるために、さらに「気づいた」という言葉を加えるのがおすすめです。
- つらい記憶があると気づいた
- 胃の痛みがあると気づいた
このように、「ある + 気づいた」と二段階で名づけることで、元々の自分の思考や感情を少し冷静に体験できるようになります。
フックをはずす効果
フックはずしの最初の2ステップをこなすことで、次の図のように、五感をフル活用できる状態になります。
つまり、自分を悩ませていた思考や感情へのとらわれから脱し、目の前の事に集中する準備が整った段階になります。これにより、
- 料理をより美味しく楽しめる
- 身の回りの家族や友人、仕事の同僚や上司や部下との交流をより充実させられる
- 仕事でのPC作業の能率があがる
- 顧客との商談に落ち着いて臨める
などといった様々な活動に集中できるようになります。思考や感情からのとらわれフックをはずしたら、今するべき活動に再び取り組むことが重要です。
いったん活動に集中し始めても、再び思考や感情が湧いてきてフックにひっかけられることは、よくあることです。そのたびに気づいて名づけて、何度もフックをはずしましょう。この繰り返しがスムーズにできるようになると、仕事や生活がより質の高いものになっていくでしょう。
まとめ
本記事では、自分の思考や感情にフックされたと感じたときに、気づいて名づける最初のステップがあることを解説しました。以下のポイントを今一度振り返ってみましょう。
- 悩ましい思考や感情を忘れよう、という対応とは別のやり方を意識的に選ぶことが大切です
- 思考や感情にフックされていると感じたら、まずそれに気づいて、次に名づけましょう
- 思考に気づくためには、過去、未来、自分は○○という3つのテーマに沿って探ってみることが有用です
- 感情に気づくためには、具体的に体のパーツを特定しましょう
- 思考や感情に名づける際は、「ある + 気づいた」の二段階がおすすめです
- フックをはずすと五感を更に活用できるので、目の前の事に集中しやすくなります
思考や感情のとらわれから自由になると、自分の仕事や生活の中で大切なことにリソースをさらに割けるようになります。自身のアクションをウェルビーイングの方向に沿って重ねていくことで、より豊かに日々を過ごせるようになるでしょう。
それでも突然、気づかぬ間に思考や感情からフックされることはあります。その時には、本記事で解説した方法を何度も適用して、目の前の事への集中を戻していきましょう。またフックは突然されるものなので、落ち着いているときに練習しておくことも大切です。一日の終わりを振り返る際に感じたことに対して試してみましょう。
まずは使ってみて、思考や感情をうまく扱うためのステップがあることを是非体験してみてください。
※1「ストレスを感じたらやるべきこと:イラストガイド」
(公式配布先:https://www.who.int/publications/i/item/9789240003927)
ページ中頃にあるJapaneseをクリックすると日本語のガイドが入手できます。イラストと短い文による解説で、直感的に読み進められます。
※2「WHOが勧めるストレス対処のセルフケア~思考や感情への気づき方~」