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EQを高めるための介入プログラムにおけるアクションプランの重要性

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中川紗江
株式会社アドバンテッジリスクマネジメント 調査研究部 研究員

私たちが職場での人間関係を良好に保ち日々の業務を円滑に進めるためには、適切なコミュニケーションが欠かせません。一般的に、怒りや嫌悪感といったネガティブ感情をそのまま表出することはあまり望ましくなく、自身の感情を相手や状況に合わせて適切に調整することが求められます。このような感情を自己コントロールするための能力は、情動知能(EQ)を構成する複数の能力の一つとして位置付けられます。

情動知能(EQ)とは、「自己や他者の感情を認識したり、表現したり、コントロールするための能力」のことであり、1990年にジョン・メイヤー博士とピーター・サロベイ博士によって提唱されました。その後、ダニエル・ゴールマン氏が1995年に発表した一般書籍「Emotional Intelligence」が世界的なベストセラーとなり、情動知能は「こころの知能指数:EQ」という呼称で広まりました。

EQは、私たちが他者と協調しながら社会生活を送るためには欠かせない能力です。現在ではビジネスにおける採用や人材開発などの分野においてもその概念が幅広く活用されています。EQは遺伝などの先天的要素が少なく、環境的な要因によって向上できる可能性があります(野崎、 2012)。したがって、教育や学習、訓練を通して高めることが出来ると考えられています。EQの詳細については別記事でも紹介しておりますので、そちらもあわせてご覧下さい。1)

本記事では、筆者が日本産業・組織心理学会第37回大会にて発表した研究(中川、 2022)を紹介します。この研究では、①会社員かつ役職が管理職以上②職場の人間関係に悩みがある人を対象に、動画コンテンツを用いた自己学習とアクションプラン(行動計画)をセットにした介入プログラムを実施しました。また、プログラムの前後でEQI®行動特性検査(イーキュー・ジャパン、1998)の一部の項目を測定することによって、介入の効果を測定しました。

EQIとはEQ理論をもとに開発された回答者の普段の行動特徴や態度から「行動特性」を測るためのツールであり、3つの知性とそれを支える8能力、その能力を生み出す24の素養から構成されます。EQは能力であるため、観察したり直接測定したりするのは非常に困難です。しかしながら、EQI行動特性検査を用いてEQを発揮した結果としての「行動」を測定することで、回答者のEQの状態を推測することが可能です。

管理職を対象とした感情の自己コントロールに対する介入研究

この研究は、2021年12月から2022年2月にかけて図1のような流れで行われました。

図1 研究の流れ

スクリーニングとWeb調査1回目

まず、調査会社にモニター登録をしているパネルを対象にスクリーニングおよびWeb調査1回目(Pre)を実施しました。

表1 研究で用いた7つのEQI要素

スクリーニングでは基本的な属性などを尋ね、 会社員かつ役職が管理職以上であり職場の人間関係に悩みがある人たちをピックアップしました。さらにWeb調査1回目を行い、EQIの24の素養のうち7つの素養について各10項目ずつ、計70項目に対して同様に回答を求めました。研究で用いた素養の一覧を表1に示しました。 その上で、「自己コントロール」得点が低かった182名に対象を絞り、介入プログラムを実施しました2)

介入プログラム

研究で用いた介入プログラムは2つのステップに分かれており、詳細は次の通りでした。

【STEP1. 動画によるEQおよびEQIの学習】
●学習動画は、(株)アドバンテッジリスクマネジメントが提供している「感情マネジメント力(EQ)向上研修」をベースに筆者が作成したもの
●①EQの理解、②自己の行動パターンの振り返り、③アクションプランによるEQ開発の合計3つのパートで構成
●動画の視聴時間は約30分

【STEP2. アクションプランの実行】
●動画学習が完了した参加者のみ、4週間のアクションプラン(行動計画)に挑戦
●行動指示が異なる2種類のアクションプランを用意し、参加者たちはどちらかの条件にランダムで割り当て

また、各週の金曜日にアンケートを配信し、平日にアクションプランをどの程度実行できたかについて回答を求めました(計4回)。

具体的アクションプラン群と抽象的アクションプラン群

Web調査2回目

4週間のアクションプラン期間終了後、参加者にWeb調査2回目(Post)への回答を求めました。1回目と同じくEQIの7つの素養について尋ねるのにあわせて、EQIおよび介入プログラムに対する理解度やアクションプランの実行度に関する質問についても回答を求めました。

介入プログラムの効果

動画学習が未完了、もしくはアンケートの回答に不備があった対象者を除いて、最終的に139名(男性129名、女性10名、平均年齢51.27±7.49歳)を対象に、介入プログラム前後のEQIの各素養の平均点を比較することで、介入効果を検証しました。

なお、分析に際しては、アクションプランの実行度についても平均値(M=2.76±0.62)を元に実行度低群と高群の2群に分け、アクションプランの種類(具体的・抽象的)× アクションプラン実行度(高・低)× 期間(1回目・2回目)の3要因分散分析を実施しました。

その結果、「自己コントロール」ではアクションプランの種類にかかわらず、実行度高群においては介入プログラムの前後で得点の上昇が認められました(図2)。

図2 自己コントロールにおける介入前後の変化

具体的アクションプラン×実行度高群:2.21→2.32(0.11ポイント↑)
抽象的アクションプラン×実行度高群:2.24→2.44(0.20ポイント↑)

さらに、「精神安定性」「共感的理解」においても、抽象的アクションプラン×実行度高群において介入プログラムの前後で得点の変化が見られました(図3)。

図3 精神安定性および共感的理解における介入前後の変化

抽象的アクションプラン×実行度高群において、
 精神安定性:2.39→2.66(0.27ポイント↑)
 共感的理解:2.58→2.84(0.26ポイント↑)

なお、動画・資料でのワークの内容についてどの程度理解出来たかについても回答を求めたところ、「よく理解出来た(30%)」「やや理解出来た(55%)」という結果が得られ、85%の参加者が介入プログラムについて理解出来たと回答していました。

考察と今後の課題

研究の結果、アクションプランの実行度が高い人ほど、介入後の「自己コントロール」の得点が高くなったことから、アクションプランをきちんと継続することによって「自己コントロール」を高めることが出来るという可能性が示されました。すなわち、自身の感情を相手や状況に合わせて調整する行動を増やすためには、動画による自己学習だけでは不十分であり、アクションプランの継続が不可欠であると考えられます。

なお、Web調査2回目のアンケートにおいて、「アクションプランを実行出来た、もしくは実行出来なかった理由」について回答を求めたところ、次のことが分かりました。介入プログラムを通じて自身の行動を振り返ることで、参加者たちはアクションプランを継続して実行出来ていました。行動の振り返りにより、自己コントロールの能力を高めたいというモチベーションに繋がり、その結果アクションプランの継続に至ったと考えられます。一方で、「業務が忙しかった」や「忘れていた」といった理由によりアクションプランの実行が困難であった参加者も見受けられました。

これらの結果から言えることは、アクションプランの継続には従業員個人の問題意識や努力が前提であると同時に、やはりそれだけでは限界があるということです。したがって、会社や所属組織が行うこととして、プログラム受講後のアクションプランの策定と継続をフォローできるような仕組み作り(例:進捗管理やリマインドシステムの構築など)を整えることが重要です。その工夫により、介入の効果をより高められることが期待されます。

また、今回の研究では行動指示の異なる2種類のアクションプランを用意しました。しかし、アクションプランの種類の違いは「自己コントロール」の改善にはあまり影響を及ぼしませんでした。仕事で他人と話していてイライラすることがあった場合に、どのような行動を取るかにかかわらず、その状況から意図的に意識を逸らしたり一旦仕切り直しをしたりすることそのものが、自己コントロールの改善に繋がったのかもしれません。

その一方で、「精神安定性」と「共感的理解」においては、抽象的アクションプラン群の実行度が高い人ほど介入後の得点の上昇が認められたことから、本研究で設定したアクションプランが「自己コントロール」以外のEQI素養の開発にも一定の効果があることが示されました。この理由については、周囲への配慮を考えるという抽象的な指示を実行することで、参加者自身がその状況にふさわしい行動が何かを考える余地が生まれ、結果としてこれらの2つの素養を高めることにも繋がったのではないかと考えられます。

研究の限界と今後の課題もあります。まず、今回の研究では、具体的・抽象的アクションプランについてそれぞれ1種類ずつしか効果を検討することができませんでした。アクションプランの具体性や難易度の設定は、参加者がどの程度自分の行動を変えたいか、どの程度自身の困りごとを解決したいかといった問題意識の高さによっても異なると考えられます。今後、他の行動指示を用いたアクションプランについても効果を検討し、アクションプランの有効性に関する知見をさらに蓄積していく必要があるでしょう。 また、今回の研究では介入プログラムの1か月後をPostとして測定しましたが、学習・訓練により変化した行動が習慣として定着するまでには、それ以上の期間がかかります。よって、今後はより長期間に渡ってデータの測定を行い、介入後の効果の持続についても検討していく必要があるでしょう。

まとめ

PCを叩く女性の手元

■管理職以上の会社員を対象に、動画コンテンツを用いた自己学習とアクションプラン(行動計画)をセットにした介入プログラムを実施し、感情の自己コントロールに及ぼす効果を検討しました。

■結果、アクションプランで指示された行動の内容にかかわらず、アクションプランの実行度が高かった人ほど感情の自己コントロールが改善されました。

■伸ばしたいEQの素養によっては、抽象的なアクションプランの方がより改善効果を期待出来ることも明らかになりました。

■アクションプランの継続は、目標を掲げて取り組む従業員個人の努力だけでは上手くいかないことも多いかもしれません。したがって、次のような組織的なフォロー体制を整えることも重要です。
・適切な難易度でのアクションプラン設定を手助けする
・パルスサーベイなどを用いて新しく獲得した行動の定着度を確認する

文献
Salovey, P., & Mayer, J. D. (1990). Emotional intelligence. Imagination, Cognition and Personality, 9(3), 185-211. https://doi.org/10.2190/DUGG-P24E-52WK-6CDG
Goleman, D. (1995). Emotional intelligence: Why it can matter more than IQ. Bantam Books.
野崎 優樹 (2012). 自己領域と他者領域の区分に基づいたレジリエンス及びストレス経験からの成長と情動知能の関連. パーソナリティ研究, 20(3), 179-192. https://doi.org/10.2132/personality.20.179
中川 紗江 (2022). 管理職を対象とした感情の自己コントロールに対する介入研究-アクションプランの継続に着目して- 産業・組織心理学会第37回大会発表論文集, 208-209.

脚注
1) アドバンテッジJOURNAL「 EQ(心の知能指数)とは?高い人の特徴や企業メリット、高める方法を紹介
2) 本研究の対象者は「自己コントロール」の平均点が2.4点(全体平均-0.5標準偏差)以下であった人たちだけに対象を絞り、182名(男性169名、女性13名、平均年齢51.5±7.85歳)に対して介入プログラムを実施しました。

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【筆者プロフィール】

中川紗江
株式会社アドバンテッジリスクマネジメント 調査研究部 研究員
ストレス科学・産業組織心理学・精神生理学が専門。嘱託・非常勤講師として同志社大学心理学部その他多数の大学・専門学校で心理学関連の講義および実習を担当(2015年4月~2018年2月)。また、京都府立医科大学神経内科および滋賀医科大学脳神経外科学講座で心理士として認知症患者を対象とした知能検査を担当(2009年4月~2018年2月)。分担執筆「感情制御ハンドブック」(2022年刊行)北大路書房

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