コロナ禍を経て、多くの企業がデジタルデバイスを駆使する新しい働き方へと移行しました。しかし、リモートワークやハイブリッドワークなど柔軟なワークスタイルが推進され自由度が増した一方で、燃え尽き症候群をはじめとするメンタルヘルスの不調を訴えるビジネスパーソンが増えたことも報告されています。
その原因の一つに、デジタル過多になりがちなワークスタイルのなかで適切な休息がとれていないことが挙げられます。新しい働き方に合わせた「新しい休み方」がいま、組織レベルで求められているのです。
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コロナ禍で深刻化した「燃え尽き症候群」
海外メディアでは、急激なワークシフトがもたらす弊害がパンデミック初期から指摘されていました。2021年、米ビジネス誌「ハーバード・ビジネス・レビュー」が掲載した研究によれば、1500人以上のビジネスパーソンのうち、「仕事の状況が悪化している」と答えた人が89%で、「過去3ヵ月のあいだに燃え尽き症候群を頻繁に経験した」と回答した割合は62%に上っています。
「燃え尽き症候群」とは、「絶え間ない過度のストレスにより発生し、うつ病の一種とも考えられる」といわれています。慢性的なストレスが続いた結果、心身が疲弊し、仕事への意欲を失うばかりか社会への適応が難しくなり、休職や退職を余儀なくされるリスクが高まるのです。
燃え尽き症候群のリスクを抱える人が増えた背景には、コロナ禍での不安定な経済状況、雇用や事業存続への不安など複数の要素があったと考えられます。こうした外部要因に対して一組織や個人ではコントロールが難しいのも事実です。
しかしながら、前出のハーバード・ビジネス・レビューでは、組織が会議の増加や不健康なレベルのスクリーンタイムを看過していたとも指摘されています。この、デジタル過多なワークススタイルでかかるストレスにおいては、改善の余地が大きくあるのではないでしょうか。
長く不均一なデジタルワーク
冒頭に述べた通り、デジタルを駆使した働き方のなかで生まれた“新たな弊害”に対する指摘には枚挙にいとまがありません。
マイクロソフト社の調査書「ワーク・トレンド・インデックス」では、同社のチャットサービスの平均的なユーザーは業務時間外に1人あたり42%多くチャットを送信していると報告されています(2021年と2022年の同月データを比較)。
いま、多くのビジネスパーソンはIT技術を使っていつでもどこでも仕事ができる環境にあります。と同時に、日常生活のなかで仕事とプライベートの区切りが付けられなくなり、心身のバランスを崩してしまう可能性も高まりました。この傾向はコロナ禍以前にもみられましたが、コロナ禍でますます顕在化した問題だと考えられます。
すでに2018年の時点で「一般的なオフィスワーカーは年間1700時間をスクリーンの前で過ごしている」との推算がアキュビュー社より発表され、海外各紙が注目しました。ここにプライベートでのスマートフォン利用などの時間は含まれていません。つまりもともとデジタル過多な状況に拍車がかかり、さらにビデオ会議や業務時間外のチャットが加わったことで、いま私たちの脳は認知的なキャパシティを越えるようなタスクを強いられているのです。
燃え尽きを防ぐ「アクティブ・レスト(能動的な休息)」を
特に、リモートワークにおいては組織内のメンバーたちの顔が見えないため、メンタルヘルスの悪化に気が付きにくい側面もあります。
従業員たちが物理的に離れた場所で仕事をするようになると、メンタルヘルスのケアが自助努力に委ねられる比重が高くなります。コロナ禍以前から引き続くこのような状況に鑑みると、従業員の個々がデジタルからくる疲労についての知識や軽減法を知っているかどうかが鍵となります。組織レベルでは、従業員に「休み方」の知識提供や実践の場を用意することで、早期にデジタル疲れを回避できるでしょう。
知らず知らずのうちに、デジタルによる疲労が蓄積し、従業員のウェルビーイングや生産性が損なわれているとするならば、組織にとっても大きな損失になり得ます。そこで重要なのが、新しい働き方にあわせて新しい休み方をデザインし、組織で「アクティブ・レスト(能動的な休息)」を促していくことです。
デジタルデトックスの重要性
【デジタルデトックス導入のメリット】 1.デジタルワークからくる「脳疲労」を軽減する 2.業務時のパフォーマンスが上がる 3.チームを強固にするチームビルディングの場になる |
組織一体でデジタルとの付き合い方(そして休み方)を考え、実践するメリットは大きく三つあります。
一つ目は、デジタル時代のセルフケアについて必要な知識を従業員に供与できる点。デジタルを駆使した生活を送る私たちの脳のためには、長い時間でなくても良いので、こまめかつ脳にとって良質な休憩(マイクロブレイク)をとることが重要になってきます。
社会変動の予測がつけられず不確実性が高い、いわゆるVUCAの時代を生きる私たちは、なんとか適応しようと頑張るあまり、頭の中を新しい情報に占有されやすいものです。新しい情報とは、業務上の連絡からメディアの報道まで実に多岐にわたります。
脳は新しい情報に対して強く反応します。このとき、情報を探索しようと行動を促すホルモン「ドーパミン」が放出されるため、非常にこの衝動には抗いにくいのです。私たちのデバイスは常に新しい情報を、ランダムに通知してきます。このランダム性があること、そしてすぐ使えるという点も、実は緊張や依存の度合いを高める要因です。
多くの現代人は仕事の合間や前後の余暇にもデバイスを使っていますが、ここも同様に高い認知負荷がかかります。本人は仕事の息抜きだと思っていても、SNSやニュースでの情報消費は脳にとっては休息にならないのです。
現代では多くの人が、仕事からプライベートまで常に新しい情報をさばき続けています。脳はずっと労働をしている状態と言っても過言ではありません。しかし新しい情報に強く反応する特性ゆえ、興奮状態の脳はなかなか疲労に気が付きにくいという構図があります。いうまでもなく、脳に高い負荷のストレスが慢性的に加わると、燃え尽き症候群のリスクは高まります。
そのため、意図的にデジタルデトックスをする時間が必要になってきます。デジタルデトックスと聞くと、圏外の場所で何日も過ごさなければならないとイメージを持たれる方も多いのですが、日常生活でもマイクロブレイクとして実践できます。たとえば、仕事の合間の休みにはPCやスマートフォンから離れ、散歩やストレッチ、呼吸法などマインドフルネスな時間を取り入れるだけでも休息の効果が得られます。
デジタルデトックス:一定期間デジタルデバイスから離れ、心身にかかるストレスを軽減すること。 またデジタルデバイス利用中もストレスを低減させる使い方を実践すること |
寝室や浴室、トイレには持ち込まない、移動中などのスキマ時間はスキマのままにデバイスなしでリラックスする時間をとることも効果的です。通知の見直しをしたり、アプリの整理をしたり、スマホを仕事モードとプライベートモードで使い分けたりすることも立派なデジタルデトックスといえます。こうしたデジタルデトックスをこまめに取り入れることで、脳疲労の蓄積を防ぎ、より良いコンディションで日常生活を過ごせるようになります。休みと仕事は不可分であり、良いオフが良いオンにつながるのです。
業務のパフォーマンス改善につながる期待も
二つ目のメリットは、デジタルデバイスを駆使する業務においてもパフォーマンスを改善できる点です。たとえば、デジタルデバイスはマルチタスク(複数の事柄を並行的に進めること)を可能にしますが、私たちが得意なのは目の前のことに集中するシングルタスクです。一般的に、マルチタスクは注意力を阻害することが研究でも明らかになっています。 デバイス上で複数の仕事を同時並行したり、頻繁に作業内容を変えたりすることで、結果的に目の前の一つずつのタスクにおける生産性が下がる傾向にあるのです。
したがって、注意資源を一つのことに傾けて優先順位の高い業務から終える必要があるのですが、PCでチャットやビデオ会議をこなしながら、自分の集中したい作業に取り組むのは難しいものです。スマートフォンが身体に近接しているだけで認知テストの結果は下がると示唆する研究もあります。
加えて、デジタル上のマルチタスクは脳に高い負荷をかけるため、こうした状況が続くと脳の過労状態に陥る危険性もあります。仮に自覚がなくとも、業務上のパフォーマンスが低下している可能性は否めません。そこで「フォーカスタイム」や「ノー・ミーティングデー」を取り入れ、従業員が集中力を要する仕事に取り組みやすい環境を整えている企業も増えてきています。また、2016年のカリフォルニア大学アーバイン校の研究では情報から離れる休暇をとることで、ストレスレベルが下がったとも示唆されています。
多くの人が従業員のパフォーマンスが上がらない理由が「ケイパビリティ(能力)」にあると考えています。しかし、問わなければいけないのは「キャパシティ(許容)」を超えていないかという点です。新しい働き方にシフトするなかで、新たなストレスは必ず従業員のなかに生まれます。キャパシティを溢れ出すレベルの認知タスクをこなしているなかで、本来の能力を発揮するのは至極難しいことです。
デジタル上での「つながる時間」と「つながらない時間」のデザインは、企業の生産性を最大化するための第一歩になり得るのです。
デジタルデトックスが組織を強固にする
最後に、 リモートワーク時代に社会人になったビジネスパーソンは、過去の先例やビジネス慣習、組織の暗黙知を参照しづらいものです。自分で業務を遂行し、キャリアを構築しなければならないと孤独なプレッシャーを感じる機会も多いことでしょう。リモートワークでは、組織に属する人たちと業務以外で関わり合う時間も希少化します。
従業員たちが抱える孤独、そして認知限界を超えるタスクからくるストレスを解消するために、デジタルデトックスをどう活用するのか──たとえば、私が理事を務める日本デジタルデトックス協会がこれまで企業向けに実施したワーケーション・プログラムからも、意図的にオフラインでメンバーたちが顔を合わせる機会を作り、デジタルデトックス中のアクティビティを通してチームの結束を高められることがわかっています。
人は同じ空間に居合わせるだけでも帰属意識を感じやすくなり、同期が生まれます。それがチーム内の信頼構築やリモートでは賄えない企業文化の共有を促すのです。休息についても「情報からの休暇」がとれているかを組織内で気遣う風土が生まれれば、燃え尽きのリスクも防ぎやくなります。
「新しい休み方」を組織の共通語に、チームでデジタルデトックスに取り組むことで、従業員のウェルビーイングは底上げされ、結果としてレジリエンスを備えた組織へと進化していくはずです。
【筆者プロフィール】
森下 彰大(もりした しょうだい)
一般社団法人日本デジタルデトックス協会理事。講談社の会員制ウェブメディア「クーリエ・ジャポン」編集者。Voicyパーソナリティ。
現代のライフスタイルに即した「新しい休み方」としてデジタルデトックスを提唱し、国内普及を目指す。デジタルデトックスやテクノロジーとの共存に必要な科学的知識・実践法を体系化した国内初の認定資格「デジタルデトックス・アドバイザー養成講座」主宰。
デジタルデトックスに関連する企業・個人向け研修のほか、地方創生を目的とするプログラム開発にも携わる。主な出演メディアにAbema TV、日経ビジネス、東京新聞、TOKYO FMなど。
当社アドバンテッジリスクマネジメントが提供するデジタルデトックス研修では、スマホやPCといったデジタルデバイスが私たちの心身にもたらす影響や、デジタルストレスを軽減して生産性を高めるデジタルデバイスとの付き合い方について学ぶことができます。詳細情報やお見積もりをご希望の方はこちらのフォームにてご希望内容を記載のうえ、お問い合わせください。
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