健康経営・人的資本経営に取り組むうえで、従業員の「エンゲージメント」は非常に重要なテーマです。従業員のエンゲージメントが高くなることで、生産性の向上や離職防止などさまざまな面でポジティブな影響が期待できます。企業価値の向上に直結するテーマであるため、「エンゲージメントは健康経営・人的資本経営の要」と言えるでしょう。
しかし、エンゲージメント対策に課題を感じている企業は少なくありません。エンゲージメントは、周囲の環境や自己認識によるさまざまな要因が影響して生じる心理的な状態であるため、明確に捉えて対策することは容易ではありません。さまざま取り組みは進めるものの、果たしてそれがどれほどの効果があるのか、エンゲージメントはどのようにして改善するのかが不明瞭で手詰まりの状態だというお悩みも多く挙がっています。
今回、当社のストレスチェックサービス「アドバンテッジ タフネス」をご利用いただいている企業の従業員、約32万人のデータをもとに、「エンゲージメントの高さに相関のある因子」を調査するデータ分析を行いました。エンゲージメントにはワークとエンプロイーの側面がありますが、今回の分析からワークエンゲージメントとエンプロイーエンゲージメントそれぞれの高さと相関がある因子に関して、特徴的な結果が見受けられました。その因子に対するアプローチのポイントと合わせてご紹介します。
目次
分析の概要
本分析では当社のストレスチェックサービス「アドバンテッジ タフネス」を利用している顧客企業のうち、ワークエンゲージメントの主要因子に関しては262社、321,213人、エンプロイーエンゲージメントの主要因子に関しては245社、310,086人のデータ※1を取り扱いました。
そのデータをもとに、当サーベイの質問によって構成される因子と、ワークエンゲージメント・エンプロイーエンゲージメントの相関係数を算出しました。
なお相関係数は、-1から1の間の値をとり、絶対値が1に近いほど相関が強く、逆に0に近くなると相関が弱いという解釈になります。ここでは、目安として0.1以上が「小」、0.3以上が「中」、0.5以上が「大」の相関関係があると解釈しています。
調査結果については、当社の調査研究部 上級研究員 土屋政雄による考察と、健康経営エキスパートアドバイザー・ISO 30414リードコンサルタント/アセッサーの資格を有する当社コンサルタント 矢島涼のコメントと合わせて解説いたします。
アドバンテッジリスクマネジメント 調査研究部 上級研究員
土屋政雄
博士(医学)。産業保健心理学が専門。サービスの学術的サポートやデータ分析等の業務に従事しながら、職場メンタルヘルスについての研究や著作、学会での講演等を行う。従業員のウェルビーイング向上のためのACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)の職場応用に取り組む。展望論文に「産業・労働分野への認知行動療法の適用と課題」(共著、認知行動療法研究、2020)がある。
アドバンテッジリスクマネジメント
ISO 30414リードコンサルタント/アセッサー
健康経営エキスパートアドバイザー
矢島涼
健康経営、ストレスチェックに基づく集団分析、組織開発を専門領域とする。認知行動療法、職場メンタルヘルス学に精通、これらを基盤にしたサービス提供や、健康経営コンサルティング、ISO30414準拠の人的資本コンサルティングに関わる。
※1:「アドバンテッジタフネス」のうちスタンダードおよびプレミアムプランにおけるデータ。対象期間は2021年12月~2022年11月。一部因子は対象社数及び対象従業員数が異なり、以下の通りとなる。
―――――――――――――――――――――――――
【ワークエンゲージメント】
前向きに考え直す行動偏差値
企業理念・ビジョンへの共感偏差値
経営層との信頼関係偏差値
心理的安全性偏差値 :245社、310,086人
仕事による私生活の充実偏差値
仕事による私生活の充実偏差値
仕事による私生活への支障偏差値
キャリアへの配慮偏差値 :245社、298,017人
ダイバーシティへの対応 :229社、289,377人
【エンプロイーエンゲージメント】
仕事による私生活の充実偏差値
仕事による私生活の充実偏差値
仕事による私生活への支障偏差値
キャリアへの配慮偏差値 :229社、289,377人
―――――――――――――――――――――――――
ワークエンゲージメントと各因子の相関
まずは、仕事に対してポジティブな感情をもって仕事に従事している状態を示す「ワークエンゲージメント」についての相関分析の内容をご紹介します。
ワークエンゲージメント偏差値と高い相関がある因子
多くの因子で中程度の相関が見られたため、そのなかでも比較的高めの相関があるものとして0.4以上の因子をピックアップしてグラフ化したものがこちらです。
ワークエンゲージメントと相関が強い上位10因子
先ほどの相関分析から、「ワークエンゲージメントと相関が強い上位10因子」をまとめたものが上の図です。仕事への興味や意義を感じられているかを表す「働きがい」に加え、「前向きに考え直す行動」「問題解決行動」「対処できる思考」といった当人の行動や思考に関連する因子(メンタルタフネス度※2)が数多くランクインしているのが特徴的です。
※2:困難が降りかかった時にも、悪い感情に振り回されることなく、解決に向けた行動を起こせる程度を示す当社独自の指標。
ワークエンゲージメント偏差値が高い人の特徴
上級研究員 土屋
仕事に対する興味や意義を感じられているかをあらわす「働きがい」が、ワークエンゲージメントと最も高い相関であることは納得のできる結果です。言い方を変えれば、上司などからの業務の果たす意味の説明が不十分なことにより、自分の仕事の目的や意味を十分に理解できないと、仕事に働きがいを感じられなくなるでしょう。こうした状態が続くと、ワークエンゲージメントも低くなります。最も相関の強いテーマになるので最重要項目の一つと言えるでしょう。
ここで注目したいのは「前向きに考え直す行動」「問題解決行動」「対処できる思考」のような、「困難な状況下で前向きな側面を探したり、問題解決のために行動したりすることができるか」に関連する因子が数多くランクインしていることです。つまり、ワークエンゲージメントが高い人は、ネガティブな状態でも物事のとらえ方を工夫して改善のために努力できる、という能力・スキルを有していると捉えられるかもしれません。
ワークエンゲージメントの学術的なメカニズムとして広く知られている「仕事の要求度-資源モデル(JD-Rモデル)によれば、ワークエンゲージメントは「仕事の資源」と「個人の資源」からの影響を受けるとされています。エンゲージメント改善のための取り組みとして各企業さまざまアプローチをされているかとは思いますが、「仕事の資源」に関連するような取り組みに偏重してしまっていないでしょうか。自己効力感や難しい状況でも屈せずに乗り越えられる力といった、本人の仕事への取り組み方にあらわれる従業員の心理的な資本=「個人の資源」は、ワークエンゲージメント向上への大切な要因です。この個人の資源と仕事の資源が相互に影響し合うことによってワークエンゲージメントがより高まりやすくなるでしょう。
「これから本格的にエンゲージメント対策を始めていきたい」という場合はランキングの中でも1位~5位に関連するところから始めてみましょう。一方で、既に取り組みをしているがなかなか思うような結果が出ない場合は、7位~9位のような「個人の資源」に対してもバランスよくアプローチできているか今一度振り返ってみてはいかがでしょうか。
ISO 30414リードコンサルタント/アセッサー 矢島
「働きがい」という要素は、単に仕事の内容そのものによって規定されるわけではありません。業種や職種を問わず、働きがいを感じている従業員が一定数存在することが当社のデータから明らかになっています。これは、ジョブクラフティングのような仕事の意味を再定義するアプローチが、ワークエンゲージメントの向上に間接的に寄与する可能性を示唆しています。このアプローチは、従業員が自身の業務に新たな価値を見出し、それがモチベーションの向上につながるという点で重要です。
また、個人の資源に関する因子へのアプローチは、従業員個々の問題として捉えるのではなく、組織全体のサポート体制を構築する視点を持つことが重要です。例えば「問題解決行動」は、従業員が困難に直面した際にどれだけ効果的に行動できるかという指標であり、これは「仕事で分からないことがあったときに気軽に相談できる相手がいるか」等、組織が提供するサポート体制や教育プログラムによっても影響を受けます。従業員がメンタルタフネス度を高め、問題解決能力を発揮するためには、組織として適切な教育機会を提供することが求められます。
仕事の資源と個人の資源の両面からワークエンゲージメントを高める取り組みは、従業員一人ひとりが自身の仕事に意味を見出し、困難な状況でも前向きに行動できる力を育てることにつながります。このような取り組みを通じて、従業員の仕事への取り組み方が変化し、結果として組織全体の生産性と満足度が向上すると考えられます。
エンプロイーエンゲージメントと各因子の相関
つづいて、所属組織に対する一体感によって貢献意欲が高い状態を示す「エンプロイーエンゲージメント」についての相関分析の内容をご紹介します。
エンプロイーエンゲージメント偏差値と高い相関がある因子
こちらも多くの因子で中程度の相関があったため、そのなかでも比較的高めの相関があるものとして0.4以上の因子をピックアップしてグラフ化しました。
エンプロイーエンゲージメントと相関が強い上位10因子
先ほどの相関分析から、「エンプロイーエンゲージメントと相関が強い上位10因子」をまとめたものがこちらです。因子の種類に着目すると、エンゲージメントの環境要因を構成する因子が多いことが分かります。
さらに、仕事から私生活への肯定的な影響を示す「仕事による私生活の充実」や、「キャリアへの配慮」「ダイバーシティへの対応」といった従業員を取り巻く仕事環境・会社の姿勢に関連する因子も多くランクインしています。
エンプロイーエンゲージメント偏差値が高い人の特徴
上級研究員 土屋
上位10因子のなかでも、会社・経営層に対する共感や働きがいに関連する因子がエンプロイーエンゲージメントと特に相関が強いことは想像しやすい結果でしょう。ここで着目したいのは「仕事による私生活の充実」です。これは仕事から私生活への肯定的な影響を示す程度で、値が高いほど、仕事で得られたことが私生活をより充実させていると感じることを意味します。仕事で得た知見やスキルが直接的に役立つというだけでなく、仕事での経験や行動習慣が私生活においても再現性があったり、または平日の充足感が休日やプライベートの満足度にもつながったりすると高まる因子です。仕事での喜びや嬉しさが私生活にも連動していると感じられることでも、会社組織に対するポジティブな心情が生まれると考えられます。
他に着目したい因子として「キャリアへの配慮」「ダイバーシティへの対応」を挙げます。名前の通り、キャリアやダイバーシティなど仕事環境や人事からの支援に対する従業員の感じ方をあらわす因子です。従業員のキャリア支援やダイバーシティ環境の構築は、人的資本経営・ウェルビーイング経営の重要テーマですが、エンゲージメント観点でも従業員の大きな評価対象と言えるでしょう。
エンプロイーエンゲージメントの向上におけるキーワードとして、EVP(Employee Value Proposition:従業員への価値提案)やエンプロイー・エクスペリエンス(Employee Experience:従業員の感じる経験価値)があると考えています。「この会社が自分にとって価値のある経験を得られる環境だ」と感じることは、所属組織に対する一体感につながり貢献意欲を高めることでしょう。そのような価値を提供する職場環境づくりが重要と言えます。
従業員が業務の上で感じる価値は組織開発から、会社に対して感じる価値は人事体制や制度からアプローチできるのではないでしょうか。前者は「仕事の見通し」「目標と役割の指示」「上司への信頼」が関連するテーマです。仕事の進め方やプロセスが目標と合致する業務環境の構築や、上司のマネジメント力を向上させる教育機会の提供が効果的と考えられます。後者に関しては「キャリアへの配慮」や「ダイバーシティへの対応」が該当し、従業員のキャリア構築支援や、属性によらず皆が公平に享受できることを前提とした人事制度の運用、加えてそのような環境が整っていることを従業員に丁寧に発信していくことで、意味のあるものとして評価されるでしょう。そのような取り組みから従業員が価値を感じられれば、「会社との適合感」や「経営層との信頼関係」が生まれ、「仕事による私生活の充実」にもつながるのではないかと考えます。
ISO 30414リードコンサルタント/アセッサー 矢島
「キャリア配慮」と「ダイバーシティ対応」等の因子が上位に挙がることは、エンプロイーエンゲージメントの向上には、人的資本の開示という経営のスタンス表明も大きく影響を与える結果であると解釈できます。先進企業はエンゲージメントスコアを単にデータとして公開するだけではなく、向上のために具体的なアクションを実行しているようです。開示においては、女性管理職比率や男性の育休率の開示だけでなく、リモートワークやフレックスタイムの推進、キャリア成長を支援する研修やメンタリングの提供など、多様な施策が含まれます。
スコア公開は他社との比較に晒されるため、スコアが低いと開示を躊躇する企業も見られますが、課題を正直に開示し取り組む姿勢は、投資家や従業員からも好意的に受け止められ、企業の透明性と信頼性を高めます。
最終的にはエンプロイーエンゲージメントの向上には、現場レベルでの取り組みが鍵となりますが、その実施は容易ではありません。経営施策は基本的にはマスに向けたアクションとなりますが、その立案段階では従業員の声に耳を傾け、彼らの意見や提案を出来る限り尊重する必要があります。また、改善策の効果を定期的に評価し、柔軟に施策を修正していくことも必要です。この過程で、経営層と現場との間でオープンなコミュニケーションを確保し、全員が同じ方向を向いて取り組むことが、成功への道を切り開きます。
まとめ
今回は、ワークエンゲージメントとエンプロイーエンゲージメントそれぞれに相関の強い因子を、約32万人の従業員データをもとに分析しました。あくまでも、今回の結果は当社サーベイにおける各因子との相関であり、因果関係を示すものではないものの、エンゲージメントが高い、または低い人の特徴として解釈のひとつになりうるものと考えています。
自社従業員のエンゲージメント状態はどうなっているか、そしてその状態はどのような要因によって生じているのかを把握することは難しいですが、得られる示唆は多いです。今回の分析内容が、エンゲージメント向上に取り組む企業の皆様の一助になれば幸いです。
当社は今後も健康経営・人的資本経営を推進する企業の皆様のご支援を続けてまいります。お客様の課題に伴走してサポートさせていただきますので、お気軽にご相談ください。
当社サービスのご案内
最後に、今回の分析に関連する当社のサービスをご紹介いたします。
・ストレスチェックから始める組織改善サービス「アドバンテッジ タフネス」
「メンタルタフネス度」という、困難な状況下でも、悪い感情に振り回されることなく、解決行動を起こせる程度を示す当社独自の指標を組み込んだ分析メソッドによって、メンタルヘルス・エンゲージメント双方の改善を実現するサーベイシステムです。ストレスチェックに加えエンゲージメントやプレゼンティーイズムなど、さまざまな人事テーマのサーベイを一本化することで、従業員の複雑な心理状態の関係性を正しく捉えることができるほか、コスト削減も可能です。
アドバンテッジ タフネスをご契約のお客様は、サーベイの結果に対するアクションプランをまとめた「職場のメンタリティマネジメントのための施策集」をご利用いただけます。
また、アドバンテッジ タフネスで集計されたご契約企業の従業員回答データをもとに、業界別などの分析や当社研究員・コンサルタントによる考察をまとめた「アドバンテッジ タフネス白書」もご提供しておりますので、サーベイ後の社内の分析やお取り組みにご活用いただけます。
・個と組織のパフォーマンスを高める「社員研修プログラム」
従業員の「個人の資源」を高める取り組みの一つとして有効な社員研修プログラムも提供しております。
自分の「考え方のクセ」を振り返り、困難に対して前向きに対処するスキルを習得するための「メンタルタフネス度向上研修」や、適性検査結果を活用し、自分に合ったストレスとの付き合い方を理解する「ストレスマネジメント力向上研修」、部下のエンゲージメントを高め、成果を導くリーダーシップ行動を習得する「エンゲージメント向上のリーダーシップ研修(管理職向け)」など、エンゲージメントの向上に関連するさまざまなテーマのプログラムを数多くご用意しております。
「仕事の資源」に該当するような業務環境の整備と合わせて、従業員自身が前向きな行動を取るうえで役立つスキル獲得の機会を提供したいとお考えのご担当者様は、お気軽にお問い合わせください。