近年、人事領域で注目されている「エンプロイーエクスペリエンス」。エンプロイーエクスペリエンスとは、従業員が働くことを通じて得る経験・価値のことで、これを高めることが企業の競争力強化、価値向上につながると考えられています。本記事では、エンプロイーエクスペリエンスの意味や重視されている背景、メリットのほか、向上を目指すための方法について解説します。
目次
エンプロイーエクスペリエンスとは?
はじめに、エンプロイーエクスペリエンスの概要や現状、他の指標との違いについて解説します。
エンプロイーエクスペリエンスの意味
エンプロイーエクスペリエンスとは、従業員が企業で働く中で得られる経験価値のことです。マーケティング領域において重視されているカスタマーエクスペリエンス(CX)の考え方を人事領域に反映させたもので、「EX」「従業員体験」と呼ばれることもあります。
CXにおいて、顧客が商品を購入する過程のすべてをエクスペリエンス(経験)と捉えるように、従業員は評価制度やキャリア開発に関する施策を含め、業務の中で得るあらゆる経験を包括的に捉えて企業評価を行う傾向がみられます。
この見解を踏まえ、従業員の目線に立って「職場でどのような経験を得られるか、組織で働くことの価値を最大化できるか」を考えるのがエンプロイーエクスペリエンスです。エンプロイーエクスペリエンスを高めることで、組織全体の生産性・価値向上を狙います。
エンプロイーエクスペリエンスの現状
国内において、エンプロイーエクスペリエンスへの認知度は、ここ数年で徐々に高まっています。2021年にPwCコンサルティングが実施したエンプロイーエクスペリエンスに関する調査(日本国内企業対象・207社)では、「エンプロイーエクスペリエンスという言葉を認識している、あるいは意味を知っている」と答えた企業は74%でした。
同社が実施した2018年の調査では49%と半数に満たなかったことを踏まえると、企業規模にかかわらず認知が広がっていることがわかります。特に、5,000人以上の従業員を抱える大企業では、2021年の調査で87%が認識していると回答しました。
また、エンプロイーエクスペリエンスを経営課題として捉える企業の割合も50%以上と、人事領域にとどまらず、広い視点で取り組むべき課題であることがうかがえます。一方で、実際にエンプロイーエクスペリエンス向上施策に取り組んでいる企業はわずか18%と、実践には至っていない企業が多いのも現状です。
参考:PwCコンサルティング「エンプロイーエクスペリエンスサーベイ 2021-2022調査結果(速報版)」
従業員満足度やエンゲージメントとの違い
従業員満足度やエンゲージメントは、職場の環境や業務に対する前向きな気持ちの度合いを示す指標です。また、従業員ロイヤリティは、企業に対する忠誠心を測る尺度です。
これらは、単に組織や従業員の状態を表す指標でしたが、エンプロイーエクスペリエンスは、組織で働くことによって得られる経験すべてを指すため、各種指標も含めた概念といえます。
エンプロイーエクスペリエンスが求められる背景
近年エンプロイーエクスペリエンスが重要視されている背景には、働く人や企業を取り巻くさまざまな価値観の変化が影響していると考えられます。ここでは、その要因として考えられる2つの変化について解説します。
働き方に関する価値観の変化
現代日本の労働市場において、大きな課題となっているのが急速な少子高齢化による人材不足です。またバブル崩壊以降、終身雇用を前提とした働き方は崩れつつあり、転職をネガティブなものと捉える価値観も薄れてきています。新たなキャリアを求めて転職を考える労働者が少なくない中で、組織に対する愛着や帰属意識を高め、離職防止の取り組みに注力する企業も増えています。
その取り組みの中で、自社で働くことで得られる価値を最大化する、というエンプロイーエクスペリエンスの考え方が重視されるようになりました。
従業員を主体とした人事施策への転換
もう一つの要因として挙げられるのが、人事施策の視点の転換です。従来は、企業に主体を置いたカンパニーセンタードという考え方が一般的でしたが、近年は従業員一人ひとりを主体とするエンプロイーセンタードへの転換が起きています。
多様な人材や働き方が受け入れられつつある現代において、従業員のポテンシャルを高めるためには、押し付けや画一的なトップダウンではなく、ボトムアップによる取り組みがより効果的だとする見解が広がっています。
エンプロイーエクスペリエンスは従業員視点での考え方で、個人の仕事の充実度や達成感など、「従業員にとって最も望ましい仕事のあり方」という観点で設計されるため、エンプロイーセンタードとの親和性が高いといえるでしょう。
エンプロイーエクスペリエンス向上のメリット
エンプロイーエクスペリエンスは従業員主体の考え方ですが、企業にとってもさまざまなメリットをもたらします。
従業員のエンゲージメント向上
エンプロイーエクスペリエンスの考え方をもとに、企業文化・理念の理解、職場環境の整備、コミュニケーションの充実などを図ることで、従業員は仕事へのやりがいや達成感を得ることができ、エンゲージメントの向上が期待されます。
実際に、前述したPwCコンサルティングの調査では、エンプロイーエクスペリエンスの成熟度と従業員エンゲージメント、従業員満足度、退職率といった各種指標との間に正の相関がみられることが判明しています。
生産性の向上・イノベーション創出
従業員のエンゲージメントが高まると、従業員は高い意欲を持って仕事に取り組むようになります。すると個々のパフォーマンスが向上し、組織全体の生産性・質の向上、業績アップにもつながる可能性があります。
また、従業員同士のコミュニケーションが活発になり、アイデアや提案が積極的になされる環境が作り出されれば、イノベーションの創出にもつながるでしょう。
採用力強化・人材の定着
エンプロイーエクスペリエンスの向上は、採用力強化・離職率の低下にも寄与します。また、「自社で働くことによって得られる経験・価値」の魅力をアピールできれば、人材獲得においても優位に働くことが期待されます。
エンプロイーエクスペリエンスのデメリット
エンプロイーエクスペリエンスを高めるデメリットとして挙げられるのは、コストの増加です。現状の環境の改善、新たなツールの導入などには費用がかかります。また、中長期的な視点で取り組みを継続しなければならないため、コストだけではなく、従業員管理や計画策定などにかかる時間的なリソースも長いスパンで必要となるでしょう。
しかし、適切にエンプロイーエクスペリエンスを高めることができれば、前述のようなメリットが得られ、結果的にコスト以上の価値が得られる可能性もあります。
エンプロイーエクスペリエンスを高める方法
さまざまな要素を内包しているエンプロイーエクスペリエンスを高めるためには、幅広い視点から取り組みを進める必要があります。続いては、エンプロイーエクスペリエンス向上のための施策についてご紹介します。
エンプロイージャーニーマップの作成・活用
エンプロイージャーニーマップとは、従業員の採用・入社から退職までの企業生活において、どのような経験を得て成長していくのか/企業はどんな価値を提供できるのかを、時系列でまとめた図のことです。
エンプロイージャーニーマップを作成する際は、どのような経験を得られるかを分類した上で、対象となるペルソナを設定し、従業員の目線で作成します。ただし、すべての従業員がマップ通りの道をたどるとは限りません。理想のプロセスを一方的に押し付けるのではなく、各従業員に寄り添いつつ活用することを心がけましょう。
人事評価の見直し・キャリアアップ機会の提供
自分のスキルや努力、仕事への貢献に対し、正当な評価をされたという良質な経験は、組織への大きな愛着につながります。360度評価のような多面的な評価で、納得感を上げる施策を行うと良いでしょう。
また単に功績を認めるだけではなく、個々の従業員の目標に寄り添い、実現のサポートを行うことも重要です。研修によってスキルアップの機会を提供する、キャリアカウンセリングなどを導入することで、従業員にさまざまな気づきを与え、キャリアの方向性を明確にします。従業員の新たな可能性の発見につながることも考えられます。
働きやすい環境の整備
従業員が健康に働けるよう、労働環境の整備にも注力します。魅力的な仕事や賃金であっても、長時間労働やパワハラなど、従業員の心身の健康を損なうような労働環境では、エンプロイーエクスペリエンスの向上は不可能です。
またDE&Iの観点から、多様な人材が活躍できる環境づくりも重要です。例えば、リモートワークや時短正社員制度の導入、子育て・介護などと仕事の両立ができるような仕組みの構築などを進めましょう。
各種サーベイの実施
エンプロイーエクスペリエンスが高められているかを把握するためには、各種サーベイを行うことも有効です。サーベイを実施することにより、従業員の状態や職場の課題・改善点の把握が可能となります。
「アドバンテッジ pdCa(ピディカ)」は、組織の課題を見える化し、改善を促進するパルスサーベイです。短期的かつ高精度な現状把握により、組織・部署の複合的な課題を発見し、解決に導きます。
当社アドバンテッジリスクマネジメントは、あらゆるサーベイを一本化し、組織課題を効率的に特定できるプラットフォームサービス「アドバンテッジ タフネス」を提供しています。
メンタルタフネス度やエンゲージメント状況なども把握できるため、エンプロイーエクスペリエンス向上に向けた施策の検討にもお役立ていただけます。
サーベイは定期的に行い、得られた結果をもとに改善策を立案し、実行していくことが大切です。
エンプロイーエクスペリエンスを高める企業事例
最後に、エンプロイーエクスペリエンス向上のための取り組みを進めている企業事例を3つご紹介します。
自動車部品業界|A社
自動車部品の製造を行うA社では、エンプロイーエクスペリエンスを高める取り組みとして、評価制度の見える化、給与体系の見直しを進めました。また、コミュニケーションツールを活用することで社長と社員の対話機会を設け、エンゲージメント向上を図っています。
会計業界|B社
クラウド会計ソフトを提供するB社は、人事総務部門に専門の部署を設置し、「付加価値のある業務や自己成長に対し、より多くのリソースを割くことが本質的な価値を持つ業務」であるという価値観を周知しています。エンプロイーエクスペリエンス向上を目指す取り組みとしては、上司と週に1度面談し、自身の働き方やキャリアについて話し合う制度を設けています。
インテリア業界|C社
主に家庭向けの家具やインテリアを取り扱うC社は、エンプロイージャーニーマップを活用し、エンプロイーエクスペリエンス向上への取り組みを行っています。年に2回、すべての従業員に「どの部署で」「どんな仕事をしたいか」という10年ごとの人生設計を考えてもらう機会を設けました。
個々の将来的な目標や仕事への価値観が明確になったことで、企業の方針に沿いつつも従業員が望むキャリアスタイルを実現しやすくなり、従業員満足度が向上しました。
エンプロイーエクスペリエンスを高めて企業力を向上
働き方の多様化、人事施策の転換期にある今、エンプロイーエクスペリエンスは、今後の企業価値、競争力の向上において欠かせない視点といえます。エンプロイーエクスペリエンスを高めるための施策としては、エンプロイージャーニーマップの作成による現状の再確認のほか、各種サーベイによる状態の把握が有効です。多面的な取り組みを進め、自社が提供できる経験価値の最大化に努めましょう。