近年、企業のメンタルヘルス対策として、心理学的な視点を取り入れたアプローチに注目が集まっています。その一つが、自分を肯定的に受け入れることで物事を前向きに捉えようとする「セルフコンパッション」という考え方です。本記事では、セルフコンパッションの構成要素や具体的なやり方、向上させることによるメリットなどをご紹介します。
目次
セルフコンパッションとは
はじめに、「セルフコンパッション」の考え方についてみていきましょう。
自分を思いやる「セルフコンパッション」
「セルフコンパッション(self-compassion)」とは、「ありのままの自分を受け入れ、思いやる」考え方のことです。セルフは「自己」、コンパッションは「思いやり」と訳されます。
「セルフコンパッション」を定義したアメリカ・テキサス大学のクリスティーン・ネフ氏は、セルフコンパッションを「愛する人への思いやりや、いたわりの気持ちを自分にも同じように向け、どんな状況であっても自分自身を素直に受け入れること」と説明しています。自分の強みや良いところだけではなく、弱いところも含めて受け入れることで、メンタルを良好に保つことができるという考え方です。
セルフコンパッションが注目されている背景
近年は日本でも「セルフコンパッション」の考え方に関心が寄せられています。ここでは、セルフコンパッションが注目を集める理由を深掘りします。
ストレスや不安の多い現代社会
経済状況や雇用環境などが大きく変化している現代において、ストレスや不安を感じながら生きる人は少なくありません。例えば仕事の悩みとして、目標達成のプレッシャーや職場の人間関係、将来のキャリアについてなど、さまざまなものが挙げられます。プライベートでは、自身のライフスタイルや健康、家族やパートナーとの関係などで不安を抱える人もいるでしょう。また、日本人は自身を低く評価する人が多い傾向にあります。
これらの要因から、自責思考・自己批判に陥ったり、ストレスを溜め込んで心の調子を崩したりしてしまう可能性も少なくありません。セルフコンパッションは、自身に降りかかるストレスや不安を和らげ、今をよりよく生きるための原動力として重要視されています。
企業のメンタルヘルス対策
セルフコンパッションは、企業のメンタルヘルス対策としても意義があるとされています。厚生労働省が2022年に実施した「労働安全衛生調査(実態調査)」によると、働く人の82.2%が「仕事や職業生活に関することで、強い不安やストレスを感じる事柄がある」と回答しました。
同調査では、63.4%の事業所がメンタルヘルス対策に取り組んでいると回答しているものの、メンタルヘルス不調によって連続1ヵ月以上休職した、または退職者がいた事業者数は前年の調査よりも増加しており、取り組みに課題が残るのも現実です。
参考:厚生労働省「労働安全衛生調査(実態調査)」
メンタルヘルスケアは、一次予防(未然予防)、二次予防(早期発見)、三次予防(職場復帰支援)の三段階があり、セルフコンパッションはこのうちの一次予防としての役割を果たします。厚生労働省は「職場における心の健康づくり」として、4つのメンタルヘルスケアの推進を掲げており、セルフコンパッションはその中の「セルフケア」の取り組みにもつながります。
参考:厚生労働省「職場における心の健康づくり」
セルフコンパッションに大切な3つの要素
「セルフコンパッション」を定義したアメリカ・テキサス大学のクリスティーン・ネフ氏によると、セルフコンパッションは3つの要素から構成されています。続いては、セルフコンパッションに大切な3つの要素について解説します。
自分への優しさ
まず挙げられるのが、「自分への優しさ(Self-Kindness)」という要素です。例えば、自分が何らかの失敗をしたり、苦しい状況に置かれたりした時に「こんなこともできないなんて自分はだめな人間だ」と厳しい言葉で否定するのではなく、「失敗は次に活かせるかもしれない」「頑張ったところもある」と、ポジティブな言葉で自分を思いやり、いたわることが大切です。セルフコンパッションにおいては特に重要な考え方とされています。
他者と共通する人間性の認識
「共通する人間性の認識(Common humanity)」とは、「人は誰でも同じように悩みを抱え、辛い経験をしている」と捉えることです。辛いできごとに直面した時、「なぜ自分だけがこんなに辛い気持ちにならなければならないんだろう」と悲観的に考えるのではなく、「人間誰でも失敗することはある」「誰にでも欠点があり、完璧な人なんていない」と思うことで、「なぜ自分だけ」という孤独感や疎外感から開放され、苦しみを緩和させることができるといわれています。
マインドフルネス
「マインドフルネス(Mindfulness)」とは、「今、この瞬間の感情」あるいは「できごと」を事実としてありのまま受け止めることです。辛い、苦しい、といった自分の感情を無視したり、誇張したりすることなく、「ネガティブな気持ちがある」ということに俯瞰的な視点で気づき、感情を保ちます。
セルフコンパッションを育むメリット
セルフコンパッションを育むことは、心の健康を保つことにつながるといわれています。次に、セルフコンパッションを高めるメリットについてご紹介します。
ストレスを軽減する
セルフコンパッションが高まると、自分の感情やできごとに対する捉え方を根本的に変えることができます。自身の置かれた状況をありのまま受け入れられると、否定的な気持ちや不安に振り回されることがなくなり、心のバランスを取りやすくなるため、ストレスが軽減されます。
心の回復力が高まる
困難や逆境を乗り越えるための「心の回復力(レジリエンス)」が高まります。「辛い」「悲しい」といったあるがままの自分の感情を受け入れつつも、自分に対して優しさや思いやりを向けることで、精神的なダメージからの早期回復が可能になります。
幸福感や満足度が上がる
セルフコンパッションの考え方を身につけると、幸福感や人生の満足度が上がるとされます。たとえネガティブなできごとが起こったとしても、「こうすれば良かった」と必要以上に自分を責めることなく、「なんとかなる」「次はこうしよう」と前向きな考えを持つことができます。「周りの人に恵まれている自分は幸せだ」「もっと頑張りたい」と、ポジティブな気持ちで日々を過ごすことができるでしょう。
セルフコンパッションを高める方法
ここからは、セルフコンパッションを高める具体的な方法をご紹介します。
慈悲の瞑想
慈悲の瞑想とは、マインドフルネス瞑想の一種です。自分自身や他者を思い浮かべながら幸せを願う言葉を唱え、思いやりの気持ちを育む瞑想法です。
1.リラックスした姿勢で心を落ち着かせ、呼吸や鼓動を感じながら自らの内側へと意識を向ける
2.まずは「自分」を慈しむ言葉を唱える(例:私が幸せでありますように)
3.慣れてきたら、徐々にその対象を広げていく。「自分の大切な人」を慈しむ言葉を唱える
(例:〇〇が幸せでありますように)
4.「すべての人」を慈しむ言葉を唱える(例:世界中の人達が幸せでありますように)
自分だけではなく、他者に対しても慈しみを持てるようになることは、マインドフルネスの状態となり、心を落ち着かせることにつながります。
ジャーナリング
ジャーナリングとは、頭に浮かんだことや自分の心の状態をありのまま書き出し、気持ちを整理することで不安やストレスに対処する方法です。「書く瞑想」とも呼ばれます。紙に書き出すことで、自分の中にあるもやもやとした感情が視覚化されるため、自分の考えを客観的に理解することができます。自分が落ち着ける、プライベートな空間で行いましょう。
リマインドペーパー
リマインドペーパーとは、「苦境に陥った時に取るべき行動」や「ポジティブな言葉」を書いたメモのことです。セルフコンパッションの考え方を理解していても、辛い状況ではネガティブな気持ちが先行してしまい、実践や行動につなげられない場合もあります。
リマインドペーパーを作っておき、いつでもセルフコンパッションの思考を思い出せるようにしておくことが大切です。ネガティブな感情が出てきた時に、リマインドペーパーを見ることで、適切な行動を取るためのきっかけを得られるでしょう。
スージングタッチ
スージングタッチとは、ストレスを感じた時に自分の体に触れることで心を落ち着かせるケアです。スージングには「落ち着かせる」「なだめる」といった意味があります。行動とともに、心の中で自分をいたわるような言葉をかけることも効果があるとされます。
スージングタッチの例
- 手を胸に当てる
- 優しく腕を撫でる
- 両手で頬を優しくさする
- 腕を交差させて自分を抱きしめる
企業におけるセルフコンパッション向上のメリット
従業員のセルフコンパッションを向上させることは、企業・組織運営にも良い影響を与えます。
業務のモチベーション・パフォーマンス向上
従業員のセルフコンパッションが向上し、ストレスに対して適切な対処ができると心の健康が保たれ「難しいけれど頑張ろう」と業務へのモチベーションを高く維持できます。困難な課題にも取り組む意欲が生まれ、業務のパフォーマンスや生産性の向上につながります。
コミュニケーションの円滑化
自分の心のコントロールができるようになると、組織内のコミュニケーションが円滑になることも期待できます。また、自身に対して否定的な感情を持ちにくいことから、周囲からのフィードバックを肯定的に捉えられます。自分の弱さや失敗を受け入れ、自分を思いやることができれば、他者にも同じ態度を取れるようになるでしょう。その結果、お互いを尊重したコミュニケーションが可能となります。
心理的安全性の向上
相手を思いやり、共感する姿勢は、組織の心理的安全性を高めることにつながります。心理的安全性の高いチームでは、多様な意見を受け入れる環境が醸成されているため、イノベーションが起こりやすくなるとされています。
またセルフコンパッションが高まり、自分や他者の感情を俯瞰的に認知できると、思い込みや偏見を持ちにくくなり、アンコンシャス・バイアスに影響されない意思決定や判断が可能となるでしょう。
セルフコンパッション向上に役立つ研修のご紹介
最後に、従業員のセルフコンパッション向上にお役立ていただける、当社の社員研修プログラムをご紹介いたします。
マインドフルネス研修
「マインドフルネス研修」は、マインドフルネスについて学び、「今ここ」に意識を向けるマインドフルネスワークを体験する研修プログラムです。従業員の心の健康と集中力アップ、ストレス対処にも役立てられるため、セルフケアとともに組織の生産性アップを目指すことが可能です。毎日、会社や自宅でできるスキルを習得できますので、業務だけでなく日々の生活におけるセルフケアにも取り入れていただけます。
メンタルタフネス度向上研修
「メンタルタフネス度向上研修」は、「認知行動療法」に基づき、親しみやすい観点で整理された「ストレスを感じやすい考え方のクセ」について触れ、段階的に検討するワークで自分自身の認知を振り返ります。
*メンタルタフネス:困難に直面しても、悪い感情に振り回されずに前向きに対処できる能力
セルフコンパッションを高め組織力を向上
従業員のメンタルヘルス対策は、安定的な企業運営の観点からも必須の取り組みです。セルフコンパッションを向上させることは、従業員の心の健康を保つだけではなく、チームの生産性向上、心理的安全性の高い組織づくりにも役立つでしょう。