少子高齢化に加え、人材の流動化が進む今、業界を問わず人材の確保が課題となっています。優秀な人材の確保、定着率の向上を目指すにあたり、近年注目されている取り組みの一つがEVP(Employee Value Proposition)です。今回は、EVPの意味や関心が高まっている背景、導入方法などについて、実際の企業事例も交えて詳しくご紹介します。自社でEVPの導入を検討されている人事ご担当者は、ぜひ参考になさってください。
目次
EVPとは?
まず、EVP(Employee Value Proposition)の意味を押さえておきましょう。
EVPの意味
EVPとは、Employee Value Propositionの頭文字をとった略語で、直訳すると「従業員価値提案」となります。「企業が従業員に対し、どんな価値を提供できるか」を言語化したものがEVPです。従来の採用活動においては、「採用を経て入社する人材が、企業に対してどんな利益をもたらし、貢献するのか」という考え方が主流でした。一方EVPは、この考え方とは全く逆の視点で捉えていることが特徴です。今いる従業員に「この会社でずっと働こう」と思ってもらうこと、入社してほしい人材に対して「この会社に入って働きたい」と思ってもらうことを目的に策定するものです。
企業におけるEVPの現状
EVPに当てはまる施策の一例としては、福利厚生の充実、ワークライフバランスの推進などが挙げられます。このような制度や仕組みは、どの企業においてもある程度備えられているため、「EVPの設計は十分にできているのでは」と捉える企業も少なくありません。しかし、EVPという視点では、それらの制度だけでは不十分であり、必ずしも有用とはいえないでしょう。他社と差別化し、より競争力を高めていくためには、企業独自のEVP、すなわち「自社らしさとは何か」を考え、明確に言語化する必要があります。
エンプロイヤーブランディングとの違い
EVPと似た考え方の一つが、「エンプロイヤーブランディング(採用ブランディング)」です。エンプロイヤーブランディングとは、求める人材に対して、自社に好印象を持ってもらい、就職先として選んでもらえるよう行うさまざまな取り組みのことを指します。しかし、求職者が抱く企業イメージは「福利厚生が良さそう」「風通しが良さそう」と、抽象的になりがちです。一方、EVPはその会社で働くことによって得られるメリットがより具体的に提示されています。また、求める人材に対して発信していく価値と、既に働いている従業員に提供している実際の価値とを一致させ、一貫して設計していくことも求められます。
EVPが注目される背景
EVPへの関心が寄せられている背景には、採用難に直面している日本企業の現状があります。
労働人口の減少・人材流動性の高まり
EVPが注目されている理由の一つは、労働人口の減少と、人材流動性の高まりです。「2030年問題」に代表されるように、少子高齢化による労働人口の減少は、業界を問わず深刻な課題となっており、人材不足に悩む企業は多いでしょう。企業が求職者を「選ぶ」時代から、企業が「選ばれる」時代が到来しているといえます。また、終身雇用・年功序列といった従来の日本型雇用システムからシフトする動きが加速する中で、同じ会社で働き続けることが大切、という価値観は薄れつつあります。転職に対してポジティブなイメージを持つ人も増え、より良いキャリアや自分らしい働き方を求めて転職することは、今や当たり前のこととなっているのです。
求職者有利の状況は、今後も続くと考えられています。企業の持続的な成長を目指すためには、自社の強みを活かしたEVPを導入し、求職者へうまくアピールしていくことが重要です。
働く人の価値観の多様化
働く人の価値観がより多様化していることも、EVPが注目を集める理由の一つです。給与や賞与などの金銭的なメリットだけではなく、育児や介護と仕事を両立できるか、プライベートを重視した働き方ができるか、働く場所や時間を自由に選べるかなど、求職者が重視するポイントはさまざまです。
また、若い世代は「自分が成長できるか」「社会に貢献できるか」といった観点で会社を選ぶ人もいます。EVPは、自分らしくいきいきと働ける職場を求める求職者に対するアプローチとしても有効です。
EVPの具体的内容と例
人材の確保のために重要なEVPですが、実際に企業が価値を提供する方法はさまざまです。給与や福利厚生といった価値から、やりがいにつながる企業文化やミッション・ビジョンもEVPに含まれます。この章では、EVPの具体的な内容例についてご紹介します。
給与体系や福利厚生
一つ目は、給与体系や福利厚生といった、「契約における価値」です。契約により得られる金銭的なメリットは、求職者が最も重視する項目の一つであり、従業員のモチベーションにも大きく影響します。比較的導入しやすく、即効性が期待できるEVPである一方、他の企業でも同様のEVPを導入していることが多く、競合しやすいのも事実です。独自性の高い「自社ならでは」の項目を選定することが重要です。具体的には、以下のような項目をEVPとして検討しましょう。
【給与】
- 業務内容に応じた給与
- 賞与
- 昇給制度
- インセンティブ
【福利厚生】
- 住宅手当
- 資格手当
- 家族手当
- 各種保険
キャリアや働き方
二つ目は、どのようなキャリア形成ができ、どんな働き方が実現できるのかといった、他社とは異なる「経験上の価値」です。キャリア形成支援としてのEVPには、以下のような項目が挙げられます。これらは、中長期的な人材育成という視点でも重要な施策となり得ます。
【キャリア形成】
- スキルアップ研修・セミナー
- キャリアデザイン研修
- キャリア面談
- 社内FA制度
- 目標管理支援
- 資格取得・外部研修受講支援
また、ワークライフバランスを推進し、従業員一人ひとりの価値観や希望に合った働き方が実現できるような施策と、多様な働き方を支えるための職場環境の改善も求められます。
働き方に関するEVPとしては、以下のような項目が挙げられます。
【制度】
- テレワーク・リモートワーク制度
- フレックス勤務
- 時短勤務制度
【環境づくり】
- 自動化・省力化を目的としたITツールの導入
- コミュニケーションツールの導入
やりがいや仕事への誇り
三つ目は、その企業で働くことによって得られる「やりがい」や、仕事に対する「誇り」「喜び」といった、「感情面の価値」です。特に、近年の若い世代は「働く意味」や「意義」を求める傾向があるといわれています。この会社で働き続けたい、この会社で働けて良かったと思ってもらえるような、組織風土や企業文化の醸成が求められます。感情面の価値は、自社の独自性を発揮しやすいことから、三つの価値の中でも特に重要な項目です。以下のような方法で、従業員や求職者にアプローチすることが大切です。
アプローチ方法
- 会社として目指すもの、戦略、ミッションなどを明示する
- 社会貢献ポリシーを発信・実践する
EVP導入のメリット・期待される効果
EVPは、自社で働く従業員や組織にも良い影響を与えます。ここでは、EVP導入のメリットについて解説します。
従業員エンゲージメントの向上
EVP導入のメリットの一つが、従業員エンゲージメントの向上です。EVPによって自社の価値が言語化されていると、従業員は「自社は高い価値を提供してくれる」と認識するため、やりがいを持って働くことができます。すると、組織への愛着が高まり、「この会社で働き続けたい」「会社のためにがんばりたい」という気持ちが芽生えるのです。エンゲージメントが向上すると、離職率の改善、定着率の向上にもつながります。
企業理念の浸透
EVPには、企業理念の浸透、理解を深める効果もあります。ミッションやビジョンに沿ってEVPを設計・導入することで、従業員はEVPを通して企業理念を意識できるようになります。また、「組織の方向性を明確に示すこと」自体も、EVPの一つに当たるため、EVPに関する取り組みそのものが、企業理念の浸透に役立つでしょう。従業員一人ひとりが企業理念を理解していると、全員で価値観・行動指針・判断基準を共有できているため、組織が一体となって仕事を進めていくことができます。主体的に行動できる従業員が増えることは、企業の成長にもプラスに作用します。
採用競争力の強化
EVPの導入は、採用競争力の強化につながります。EVPによって自社が提供する価値を求職者へ明示することで、企業の魅力をアピールすることができます。また、独自性の高いEVPは、他社との差別化という点でも有効です。採用条件などとは異なる視点で「自社で働くメリット」を感じてもらえるほか、「自社らしさ」に共感してくれる人材を獲得できれば、採用後のミスマッチを減らせる可能性も高まります。
人的資本経営の加速
EVPによって自社らしさや自社の提供できる価値を明確にし、発信することで、社会全体に対しても「従業員を大切にする企業」という印象を与えることができます。また、魅力ある価値観やビジョンを示し、一人ひとりがいきいきと働ける職場環境を提供するさまざまな取り組みは、人材を資本として捉え価値を最大限に引き出す「人的資本経営」の一助ともなり得ます。中長期的な企業価値が高まるとともに、投資家からも高い評価を得られる可能性があるでしょう。
EVPの導入手順
続いては、EVPの導入手順と各ステップにおけるポイントをご紹介します。
①自社の現状分析・従業員へのニーズ調査
まずは、自社の現状を分析します。制度、福利厚生、企業文化、職場環境など、多角的な視点で「自社は従業員にどんな価値を提供できているか」を把握します。併せて「既にできていること」だけではなく、「今後実現したいこと」も明確にしましょう。今後の施策立案の参考として、従業員へヒアリングやアンケートを行い、現状とニーズを調査することも有効な方法です。
②他社と比較・差別化できるEVPの洗い出し
次に、他社のEVPの事例を調査し、自社と比較を行います。他社と似たようなEVPだけでは、従業員や求職者に独自性を感じてもらいにくく、特別な価値があるとは認識されづらいです。競合だけではなく、他の業界も含め幅広く調査をし、自社の強みや自社だからこそ提供できる価値など、差別化できるポイントを見極め、洗い出しを進めます。例えば、人事制度や就業形態、ワークライフバランスの推進に関する取り組みなどをチェックしてみましょう。より客観的な分析に役立つだけではなく、自社に取り入れられそうなEVPを参考にするという意味でも、他社との比較は重要です。
③EVPの決定・構築
EVPの洗い出しを終えたら、これまでの分析結果に基づいて、強みを活かしつつニーズに対応できるようなEVPを策定しましょう。人事だけではなく、経営層や現場の従業員なども策定プロセスに巻き込んで決定することで、より効果的なEVPの導入が可能となります。ポイントは、経営理念や経営方針に沿ったEVPを策定することです。
④EVPの導入・運用
策定したEVPは、社内外に広く周知したうえで運用を始めます。企業の公式サイトやSNS、求人媒体、資料などで周知し、取り組みを知ってもらうことが重要です。社内に向けては、キャリア開発研修などに積極的に組み込み、浸透を図りましょう。運用後は、定期的に従業員満足度調査などを実施し、効果を測定します。
EVPの企業事例
最後に、実際EVPに取り組んでいる企業の事例をご紹介します。今回は、人的資本経営の実践事例集より、EVPの施策としても有効な事例をピックアップしました。(取り組みは資料発行当時のものとなります)
参考:経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書 ~人材版伊藤レポート2.0~ 実践事例集」(令和4年5月公表)
株式会社LIXIL
株式会社LIXILは、社員の主体的なキャリア形成を推進するため、社外での副業を可能とする制度を導入しました。また、業務時間の2割を社内副業に充てる制度も試行しています。
ロート製薬株式会社
ロート製薬株式会社は、社員の自発的な学びを推進するため、オンラインで学びを深める独自のプラットフォーム「ロートアカデミー」を設立しました。動画コンテンツやオンラインセミナーによって学びのきっかけを提供し、従業員の成長を促す取り組みを行っています。
東京海上ホールディングス株式会社
東京海上ホールディングス株式会社は、多様な働き方を推進するための取り組みとして、勤務時間帯を規定の範囲内で自由に選択できる「スーパーマイセレクト制度」を導入しました。時間の制約にとらわれず、多様な人材が活躍できるような仕組みを構築しています。
独自性の高いEVPで”選ばれる”企業へ
EVPとは、企業から従業員へ提供する価値のことです。人材不足と売り手市場が続く日本において、EVPは今後ますます重要なものとなっていくことが予想されます。一方で、ありきたりな福利厚生や制度だけでは、他社との差別化が難しく、多様化する働き方・ニーズへの対応も十分であるとは言い切れません。EVPは、単なる人材確保の手段だけではなく、厳しいビジネス環境の中で競争力を維持し、組織を成長させていくという意味でも、重要な取り組みといえるでしょう。