WHOが勧めるストレス対処のセルフケア(その3)~ウェルビーイングのための価値とアクション~

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土屋政雄
株式会社アドバンテッジリスクマネジメント シニアリサーチャー

<本記事を読むと分かる事>
本当に大切にしたい自分の考えに沿って行動し、ウェルビーイングを高める

背景

この記事では、世界中の人々に共通して役立つストレス対処スキルについて世界保健機関(WHO)が公表しているガイドブック※1をもとに解説します。単にストレスに対処するだけでなく、その体験をふまえてウェルビーイングを高めていく方法を意識します。

ストレスに悩まされている時に問題となるのは、本来自分の望んでいた生き方を邪魔する考えや感情にとらわれて、身動きできなくなることです。たとえば、下の図にあるような状態で、自分が今後どのように行動していきたいかは想像しにくいでしょう。

原版:Doing what matters in times of stress: an illustrated guide. Geneva: World Health Organization;2020. Licence: CC BY-NC-SA 3.0 IGO.
翻訳版:ストレスを感じたらやるべきこと:イラストガイド. OHTSUKI Lab., Faculty of Human Sciences, WASEDA University; CC BY-NC-SA 3.0.

ガイドブックの中では、この身動きができなくなっている状態をフックされると表現しています。下図のように何かに引っかかっているイメージをしてみてください。

本記事の目的は、フックされた状態から抜け出し、ウェルビーイングを高める方法を解説することです。私たち人間をフックするものの正体は、自らの考えや感情です。前回の記事の内容※2を簡単にまとめると、以下の3点となります。

  • 考えや感情にとらわれる(フックされる)状態では、目の前のタスクへの集中がそれやすいことに気づく
  • フックをはずす最初の2ステップ(気づく、名づける)を学ぶ
  • フックをはずすと五感がフル活用できるようになることに気づく

フックをはずすことができると、自分の考えや感情に注意を奪われリソースが低下していた状態が和らぎます。そして他の有益なことを考える余裕が生まれてきます。ここで重要なイメージが次の図です。

CC BY-NC-SA 3.0: Masao Tsuchiya; (ストレスを感じたらやるべきこと:イラストガイド. OHTSUKI Lab., Faculty of Human Sciences, WASEDA University; CC BY-NC-SA 3.0.を参考に作成)

ストレスを感じる状況では、その後に進む方向が2つ考えられます。それぞれ、価値から逸(それる)、価値に進(すすむ)方向です(動詞の表記は原文通り)

幸福な状態、すなわちウェルビーイングを目指すためには右側の進(すすむ)方向へはっきりと向かえるようになる必要があります。自分の考えや感情にフックされ続けていると、左側の逸(それる)方向に引きずられてゆき、さらに身動きの取れない状態になってしまいます。

ここで意識したいプロセスが、進みたい方向をはっきり自覚させる道しるべとなる、価値をはっきりと思い浮かべる作業です。

価値とは

では、価値とは何か詳しくみていきましょう。価値とは、ありたい自分についての心の底からの願いを言葉にしたものです。価値の様々な具体例については、本記事の後半で解説します。

価値は言葉で構成されるものなので思考の1つにはなりますが、これを行動の指針とすることで、ウェルビーイングを目指しやすくなるのです。

意味する内容が混同されやすい用語に、「目標」があります。それぞれ、次のような意味を持ちます。

目標:あなたが手に入れようとしているもの
価値:あなたがどのような人間でありたいか

つまり、目標は到達点がはっきりしているのに対し、価値は終わりがないのが特徴です。例えば、「目指す大学に合格する」「昇進する」というのは目標です。一方、「○○について学びを深める」「チームをまとめて生産性の高い仕事をする」というのは価値と考えられます。

ウェルビーイングの方向に進む際は、それぞれの特徴が以下のように表せます。

原版:Doing what matters in times of stress: an illustrated guide. Geneva: World Health Organization;2020. Licence: CC BY-NC-SA 3.0 IGO.
翻訳版:ストレスを感じたらやるべきこと:イラストガイド. OHTSUKI Lab., Faculty of Human Sciences, WASEDA University; CC BY-NC-SA 3.0

ストレス状況を体験しながらも、ウェルビーイングの方向に進むためには、価値に沿って行動(アクション)することが何よりも大切です。もちろん、目標もその道中を具体化するという重要な役割があり、それぞれを使い分ける必要があります。

ここで改めて「行動」とはなにか、しっかりイメージを持っておきましょう。

原版:Doing what matters in times of stress: an illustrated guide. Geneva: World Health Organization;2020. Licence: CC BY-NC-SA 3.0 IGO.
翻訳版:ストレスを感じたらやるべきこと:イラストガイド. OHTSUKI Lab., Faculty of Human Sciences, WASEDA University; CC BY-NC-SA 3.0.

価値に沿って行動するということは、ありたい自分について心の底から願った方針に基づいて振舞ったり、発言を積み重ねたりすることを指します。心の中で描いているだけでは、他の人から見えません。行動という形で誰もが見えるように表現することが必須です。

価値の領域を選ぶ

人生においては、仕事だけでなく家庭、友人関係、趣味など様々な領域や役割があります。したがって、価値にもいくつかの領域があります。一方で、本記事で解説しているWHOのガイドブックでは、主に人間関係の領域についての具体例しか解説されていないように見えます。もっと多側面に価値を意識できることは是非知っておいてください。特に働く世代にとって代表的な価値の領域は下の図のとおりです。

まず、日々の生活の中で今現在、どの領域に最も自分のリソースを投入したいか、以下の□の中に考えて書き出してみてください。

一つに絞れない場合は複数選んでもかまいません。

価値のリストから選ぶ

価値の領域が意識できたら、いよいよ価値の内容を具体的にイメージします。紹介するリストの中から、最もしっくりくる項目を1つだけ選んでみてください。価値の領域を複数考えたい方は、それぞれに1つずつ選ぶのでかまいません。WHOのガイドブックでは次のリストが紹介されていました。

原版:Doing what matters in times of stress: an illustrated guide. Geneva: World Health Organization;2020. Licence: CC BY-NC-SA 3.0 IGO.
翻訳版:ストレスを感じたらやるべきこと:イラストガイド. OHTSUKI Lab., Faculty of Human Sciences, WASEDA University; CC BY-NC-SA 3.0.
※筆者注:「..であること」が2つあるのは、自分で新しい項目を考えてもよいことを示しています。

すでに述べたように、ガイドブック中で紹介されている価値の領域は、主に人間関係についてであったので、その場合はこのリストが使いやすいでしょう。一方、他の領域について必ずしも使いやすいとはいえないので、別の価値リストも以下にお示しします。もちろんこれらの内容にとらわれず、項目を参考に自分で考えることも推奨されます。

出典:W.R. Miller, J. C’de Baca, D.B. Matthews, P.L. Wilbourne; University of New Mexico, 2001 Personal Values Card Sort https://motivationalinterviewing.org/personal-values-card-sort; Public domain

価値をアクションで表す

原版:Doing what matters in times of stress: an illustrated guide. Geneva: World Health Organization;2020. Licence: CC BY-NC-SA 3.0 IGO.
翻訳版:ストレスを感じたらやるべきこと:イラストガイド. OHTSUKI Lab., Faculty of Human Sciences, WASEDA University; CC BY-NC-SA 3.0.

リストから選んだ価値の内容は、これからの自分が日々の生活で意識していきたい方針といえます。次は、その価値をよく表すと思われる自分のアクションを複数考えて実行します。ここでのポイントは、今日からでも取り組める具体的なアクションを考えることです。

たとえば、筆者の関心の高い価値の領域は「個人的成長」です。そして、それに合う内容をリストから選ぶと、「有益な知識について学んだり貢献したりする」が近いものになりました。この価値をアクションに落とし込むと、次のようなものが思いつきます。

  • 毎日15分間、関心あるトピックスのwebサイトを巡回し、最新情報をチェックする時間を作る
  • 毎日15分間、勉強会などでアウトプットするための準備を進める
  • 毎日家事をしている間にニュースや専門家の話をポッドキャストで聞く

自由に使える時間が30分~1時間程度であっても、これなら実行可能です。
まずはこれらのアクションをすぐに実行し始めることで、ウェルビーイングの方向に進んでいるという実感が生じてきます。加えて、短期・中期・長期で目標を設定すると、さらに価値に沿った生活をしていくことができます。

ただ、これで全てうまくいくわけではありません。

アクションの邪魔になる考えや感情に対処する

原版:Doing what matters in times of stress: an illustrated guide. Geneva: World Health Organization;2020. Licence: CC BY-NC-SA 3.0 IGO.
翻訳版:ストレスを感じたらやるべきこと:イラストガイド. OHTSUKI Lab., Faculty of Human Sciences, WASEDA University; CC BY-NC-SA 3.0.

これまで解説してきたように、われわれはすぐに自分の考えや感情にフックされてしまいます。筆者のあげた例でいえば、行動を止めてしまう典型的な言い訳は、「取り組む時間がない」です。こうした考えは、容易に「どうせ無理だ…」という行動を止める考えにつながります。

ここで役立つのが、ガイドブックで一貫して解説してきたストレス対処の基本スキルです。

原版:Doing what matters in times of stress: an illustrated guide. Geneva: World Health Organization;2020. Licence: CC BY-NC-SA 3.0 IGO.
翻訳版:ストレスを感じたらやるべきこと:イラストガイド. OHTSUKI Lab., Faculty of Human Sciences, WASEDA University; CC BY-NC-SA 3.0.

自分を悩ませていた思考や感情に対処するのと同じように、自分の行動を止めてしまうような思考や感情に対しても、気づいて名づけてフックをはずすようにしていけばよいのです(詳細は過去記事で解説しています※2,3)。

極端な例で言えば、「手を上にあげられない」と考えながら、手を上にあげてみることを試してみてください。いかがだったでしょうか?できない、と考えると同時に手を動かせることが体験できたと思います。自分の行動を止めてしまうような思考や感情も、それに対する信じ込みの度合いが違うだけで、「手を上にあげられない」と同じ、言葉の産物です。したがって、最終的には私たちの行動を直接止めることはできないのです。

原版:Doing what matters in times of stress: an illustrated guide. Geneva: World Health Organization;2020. Licence: CC BY-NC-SA 3.0 IGO.
翻訳版:ストレスを感じたらやるべきこと:イラストガイド. OHTSUKI Lab., Faculty of Human Sciences, WASEDA University; CC BY-NC-SA 3.0.

ウェルビーイングを高めるという事は、本当にやりたい行動をとっていくうえで様々な困難が降りかかっても、妨げとなる自身の考えや感情にうまく対処し、価値に沿ってアクションし続けることといえます。

まとめ

本記事では、本当に大切にしたい自分の考え、すなわち価値に沿って行動し、ウェルビーイングを高める方法について解説しました。以下のポイントを今一度振り返ってみましょう。

  • 本来自分の望んでいた生き方を邪魔する考えや感情にとらわれ(フックされ)て、身動きできなくなることがある
  • ウェルビーイングを高めるために、進みたい方向をはっきり自覚させる道しるべとなる、価値をはっきりと思い浮かべることが重要
  • あなたがどのような人間でありたいかが価値で、あなたが手に入れようとしているものは目標という違いがある
  • 価値には人間関係、健康、仕事とキャリア、余暇、個人的成長などさまざまな領域がある
  • 価値のリスト一覧から自分に合うものを選ぶか、新たに作り上げることで進む方向がはっきりとしてくる
  • アクションの邪魔となる思考や感情が出てきたら、気づいて名づけてフックをはずす

これまで解説してきたように、WHOのガイドブックで紹介された基本スキルによって、ストレス対処の方法からウェルビーイングの実現まで、ワンストップで活用できることが分かりました。

今はウェルビーイングの実感がわかなくても、アクションを始めてみることで体験できる機会が増えます。まずは、価値を意識して書き出してみることから試してみてください。

※1「ストレスを感じたらやるべきこと:イラストガイド」(公式配布先:https://www.who.int/publications/i/item/9789240003927
ページ中頃にあるJapaneseをクリックすると日本語のガイドが入手できます。イラストと短い文による解説で、直感的に読み進められます。
※2「WHOが勧めるストレス対処のセルフケア(その2)~思考や感情のとらわれから自由になる~」(https://www.armg.jp/journal/308-2/
※3「WHOが勧めるストレス対処のセルフケア~思考や感情への気づき方~」(https://www.armg.jp/journal/272-2/

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【筆者プロフィール】

土屋政雄
株式会社アドバンテッジリスクマネジメント シニアリサーチャー
産業保健心理学を専門としてACT Japan:The Japanese Association for Contextual Behavioral Science 理事(2018年4月 - 2021年3月)やマインドフルネスやアクセプタンス&コミットメント・セラピーの専門家として講演等を行う。著作物(監訳) 『マインドフルにいきいき働くためのトレーニングマニュアル 職場のためのACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)』 星和書店

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