人事領域における「エンゲージメント」の重要性は広く知られるようになった一方、エンゲージメントそのものは目に見えづらいものです。エンゲージメントを可視化し、スコアとして数値化すると、状態の推移の把握や比較ができるようになり、エンゲージメント改善施策についての議論や効果検証が可能となります。本記事では、エンゲージメントスコアの概要や高めるメリット、計測方法などについて詳しく解説します。
目次
エンゲージメントスコアとは?
はじめに、エンゲージメントスコアの概要と従業員満足度との違いをみていきましょう。
そもそも「エンゲージメント」とは
人事領域における「エンゲージメント」には2つの意味があります。
【従業員エンゲージメント】
企業と従業員の間で結ばれた強い信頼関係、あるいは企業に対する愛着心を意味するものです。組織への帰属意識や理念・ビジョンへの共感、貢献意欲、職務満足などの概念を含んでいます。「エンプロイー・エンゲージメント」とも呼ばれます。
【ワークエンゲージメント】
従業員が仕事に対してポジティブなイメージを持ち、充実した状態で働いている状態を意味するものです。
これら2つのエンゲージメントが高い水準で維持できていると、従業員が心身ともに健康・幸福な状態で働くことができます。
エンゲージメントスコアとは
エンゲージメントスコアは、仕事への意欲をはじめ、従業員と企業との間に存在する「信頼」や「愛着」などのエンゲージメントを数値化・見える化したものです。スコアの計測方法は後述します。
従業員満足度との違い
従業員満足度とは、従業員が企業や仕事の内容、職場の環境や人間関係などに、どの程度満足しているかを示す指標です。ポイントは、あくまで「満足度」であり、「組織への貢献意欲や姿勢」について評価する指標ではありません。
また「エンゲージメント」が、組織と従業員が互いに貢献し合うニュアンスを内包しているのに対し、「従業員満足度」は企業から従業員へ与える「一方向のみ」の関係性です。
もちろん、「人間関係」や「給与待遇」などに満足していれば、モチベーションが上がる可能性もありますが、これらの項目はハーズバーグの二要因理論において不満を感じる要因(衛生要因)に当たるため、職務成果とは結びつきづらいといわれています。
エンゲージメントスコアが注目される背景
次に、エンゲージメントスコアが重要視されている理由について掘り下げていきましょう。
ビジネス環境の変化
要因の一つとして挙げられるのが、ビジネス環境の変化です。生産年齢人口の減少によって、近年は人材の確保そのものが難しくなりつつあります。また終身雇用や年功序列など、従来の日本型雇用システムが維持しづらくなったこともあり、定年まで同じ企業で働き続けることも厳しくなっています。
これらの変化に加え、働く人の価値観も多様化し、ワークライフバランスを重視したい、さらなるキャリアアップを目指したいといった理由でキャリアチェンジするケースも多いでしょう。企業は、人材の流出を抑えつつ、かつ現状の労働力を最大化させる必要が生じています。加えて、市場のトレンド変化が加速していること、グローバル化が進んでいることなどを踏まえると、企業は常にビジネスの潮流を捉え、それらに対応していかなければ生き残ることができません。
エンゲージメントスコアが高い状態は、従業員が組織と仕事の両者に熱意を持っていることを示唆するため、一定の定着が見込めるほか、貢献意欲やモチベーションの高さから、従業員がスキルアップのために自発的に行動していくことも期待できます。企業の成長スピードと競争力を高める意味でも、エンゲージメントスコアの重要性に関心が寄せられています。
人的資本経営へのシフト
人的資本経営とは、人を「資本」として捉え、中長期的に投資し、その価値や可能性を引き出すことで企業の成長を目指す経営手法です。先行きの見えない時代の中で、企業が持続的に成長していくためには、「人的資本経営」へのシフトが必要です。
特に近年は、国際社会においてもESG投資がトレンドになっており、ステークホルダーは企業の成長性を評価し、投資対象とするかの判断材料として人的資本経営の取り組みを重視するようになっています。エンゲージメントスコアが高ければ、人材流出のリスクを低く抑えることができるため、従業員への投資が無駄になりづらく、投資対効果も高まる可能性があるでしょう。
また、投資家と企業間に建設的な会話が生まれることを期待し、有報を発行している大企業約4,000社を対象に人的資本の情報開示が義務化されています。加えて、2022年8月に内閣官房が公表した「人的資本可視化指針」にも、政府が情報開示を求める7分野の中に「従業員エンゲージメントに関連する開示事項」があり、企業にエンゲージメントスコアの開示を求める動きが増えています。
エンゲージメントスコアを高めるメリット
従業員のエンゲージメントを向上させることによって、企業はどのようなメリットを得られるのか見ていきましょう。
組織課題の把握・解決
エンゲージメントスコアが組織課題の把握・解決の糸口となる可能性があります。例えば、生産性向上のために導入した新しいツールは、エンゲージメントにプラスの影響を与えているかなどが挙げられます。反対にパフォーマンスが落ちた場合、その原因は何なのかなど、施策の継続や改善、新たな対策の立案などに活用できるでしょう。
スコアをもとに定量的な把握、分析を行うことで、肌感によらない的確な人事施策の打ち出しが可能となります。
生産性の向上
エンゲージメントスコアを高めることで、組織の生産性向上が期待できます。スコアを通じて組織の課題を見出せば、生産性向上の妨げとなっている要因の把握、改善ができ、エンゲージメントの高い状態を作り出せます。
またエンゲージメントの高い人材が増えると、従業員からも「目標達成のためにどう行動すべきか」「業務の進め方を見直そう」など意欲的な行動が生まれ、前向きな議論ができるようになるでしょう。生産性が高まるだけではなく、従業員同士の積極的なコミュニケーションが生まれることでチームワークも向上します。
優秀な人材の確保・離職防止
エンゲージメントスコアの向上は、従業員の離職防止にも役立ちます。従業員のエンゲージメントが高いと仕事へのやりがいや組織への愛着を持っている状態であるため、離職を選択しにくい傾向があります。
従業員の定着率の高さは、求職者にとっても魅力的に映るため、求職者へのアピールポイントとしても有効です。人材の獲得競争に有利に働けば、自社が必要とする人材を確保できる可能性も高まるでしょう。
エンゲージメントスコアの計測方法
続いては、エンゲージメントスコアを測定する方法をご紹介します。
代表的な計測方法「パルスサーベイ」と「センサスサーベイ」
調査や測定をすることを「サーベイ」といいますが、エンゲージメントスコアを測定するためには、「エンゲージメントサーベイ」が有効です。「エンゲージメントサーベイ」とは、従業員の仕事に対する興味や意欲、組織への愛着の深さなどを測定し、課題解決のために行われる調査です。この調査から出した数値が「エンゲージメントスコア」となります。
代表的な調査方法としては、年に1回を目安に実施する大規模な調査「センサス」と月次、週次などの短い間隔で繰り返し実施する調査「パルスサーベイ」の2種類があります。
センサス | パルスサーベイ | |
質問数 | 50~150問程度 | 5~15問程度 |
実施頻度の目安 | 年に1回 | 月に1回、週に1回 |
センサスは長期的な視点で分析を行うことができ、組織の成長や変革に伴うエンゲージメント状況の変化を把握することに長けています。またストレスチェックやハラスメント、健康状態などさまざまなテーマに関する調査がまとめて実施されることが多いです。
センサスとパルスサーベイを連動させれば、年間の長期的な施策の結果を追うと同時に、エンゲージメントスコアの変化をほぼリアルタイムで把握できます。
UWESを用いた計測方法
企業が独自で質問項目を作成することもできますが、エンゲージメントを計測するための代表的な質問項目を活用するのもよいでしょう。
UWES(ユトレヒト・ワーク・エンゲイジメント尺度)は世界で最も広く用いられており、「活力」「熱意」「没頭」を示す質問について、「いつも感じる(6点)」「とてもよく感じる(5点)」「よく感じる(4点)」「時々感じる(3点)」「めったに感じない(2点)」「ほとんど感じない(1点)」「全くない(0点)」の尺度で回答します。
参考:慶應義塾大学 総合政策学部 島津明人 研究室
そのほかの具体的な質問項目例については、以下の記事でも説明しています。
JD-Rモデルを用いた計測方法
ワークエンゲージメントの因果関係を示した「仕事の要求度-資源モデル(JD-Rモデル)」を用いたアプローチに向けて、関連した項目を聞くことも有効です。
<JD-Rモデルのワークエンゲージメント構成要素>
仕事の資源 | 裁量性、コントロール性の有無/上司によるコーチングや正当な評価・フィードバック/同僚からの支援 |
個人の資源 | 自己効力感やポジティブな思考 |
仕事の要求度 | 仕事のプレッシャーや仕事量、精神的・肉体的負担 |
「仕事の資源」「個人の資源」が充実しているとワークエンゲージメントは高まるとされており、さらにその充実度は「仕事の要求度」によるストレス反応をも和らげることが示されています。そのため、エンゲージメントを高めるためのサーベイでは、以下の項目を計測することがおすすめです。
計測すべき項目
- 仕事のおける環境状況(仕事のしやすさや関連する周囲の環境や状況)
- 仕事における自己認識(仕事に対する考え方や取り組み方)
- 仕事やプライベートにおけるストレス要因
- 上司や同僚、家族などによるサポート状況
サーベイツールの利用がおすすめ
サーベイを自社で行う場合、自由度の高さや外部委託に比べてコストが抑えられるといったメリットがあるでしょう。しかし、専門性の高い分野のため集計や結果の分析に時間がかかってしまったり、有効活用できなかったりする可能性もあります。そのため、サーベイツールや外部の専門サービスの利用がおすすめです。
「アドバンテッジ タフネス エンゲージメントプラス」は、組織サーベイの測りっぱなしを防ぎ、自社のエンゲージメントの高め方がわかる、サーベイを起点とした課題解決プログラムです。JD-Rモデルをベースとしており、エンゲージメントの高さだけではなく、下げる要因となるストレス状態を一緒に測定できることが特徴です。組織ごとの分析レポートでは、5段階+偏差値で各組織の結果概要を可視化。取り組むべき因子に関するコメントも記載され、自組織結果の確認・分析がしやすくなり、改善へのアクションが取りやすいサポートを行います。
エンゲージメントスコアを高めるための取り組み
最後に、エンゲージメントスコアを高める具体的な取り組みについてご紹介します。エンゲージメントスコアを左右する要素は複数あります。一例には、「企業理念の浸透、共感、支持」や「個人の立場の尊重」「成長機会への充足感」「適切な人事評価」などが挙げられます。すべての要素を満たすことは難しいため、自社が改善すべき項目をピックアップし、具体的な取り組みに移していくことが重要です。
理念やバリューの共有・浸透
エンゲージメントスコアを高めるための施策として特に重要なのは、企業の理念や価値観、ビジョンの共有と浸透です。従業員からの「組織に対する理解」や「信頼」を深めるためには、単に短期的な目標の提示と達成を繰り返すだけではなく、組織として目指すべき大きな方向性・方針を共有することが大切です。
組織の価値観や将来の展望に共感できれば、従業員は自らの役割を見出すことができ、貢献意欲も高まります。企業としてのビジョンを言語化し、積極的かつ継続的に発信していく機会を設けましょう。
評価制度の見直し・改善
人事評価制度を見直し、公平性、透明性が高く、かつ従業員のモチベーションを高められるよう改善することも重要です。例えば、ビジョン・バリューに基づいた人事評価基準を設け、成果以外での取り組みを評価する、職位ごとに求めるスキルセットを明文化する、多様な働き方に即した評価制度を創設するなどが挙げられます。
どのような人事評価制度が望ましいかは、企業の規模や事業内容、社風などによっても異なりますが、人事評価制度の方針を従業員に対して明確に示すことが求められます。
キャリア形成支援
従業員が自らの成長を実感できるよう、スキルアップやキャリアアップの機会を提供しましょう。成長を感じれば従業員はやりがいを持って仕事に取り組めるようになり、「もっと会社のために頑張りたい」という意欲の高まりが期待されます。
例えば、キャリアデザインに関する研修を実施する、階層別の研修を取り入れるなどして、専門性を高めていくことが有効です。併せて、評価制度においても自己成長を実感できる仕組みを構築することで、さらなるモチベーションの向上が目指せるでしょう。
コミュニケーションの活性化
社内のコミュニケーションを活性化させることも、エンゲージメントスコアの向上に寄与します。業務上のやり取りがしやすくなることでチームとしての結束が高まるほか、報告・連絡・相談の漏れも減らせるでしょう。
例えば、1on1ミーティングで上司との接点を設ける、オンライン、オフラインを問わずコミュニケーションの機会を増やすなどの方法があります。社内コミュニケーションを活性化させるアイディアについては、以下の記事でも紹介しています。
サーベイの継続実施
エンゲージメントサーベイを継続して実施することも、エンゲージメントスコアの向上に不可欠です。単に測定して終わりではなく、結果を分析し、課題の把握と改善を繰り返し行っていくことが大切です。これにより、段階的にエンゲージメントスコアを高められます。
サーベイを活用しエンゲージメントスコア向上へ
エンゲージメントスコアは、従業員のエンゲージメント状況を数値によって可視化し、組織課題の解決・改善の方向性を示す指標です。エンゲージメントスコアの改善・向上には、定期的なサーベイの実施と、結果の分析が欠かせません。理念の浸透や共有のほか、評価制度の見直し、キャリア形成の支援など従業員が意欲を持って働けるよう、自社にマッチした施策をピックアップし、あらゆる観点から取り組みを進めていくことが重要です。