新しい仕事や難しい課題に挑戦し、成功させるには、その人が本来持つ能力・スキルだけではなく、「自分ならできる」という気持ちを持っていることも重要です。従業員一人ひとりの自己効力感を高めることは、個人としてのメリットだけではなく、組織全体の生産性向上、エンゲージメント向上にも好影響を与えます。今回は、自己効力感とは何かを明らかにした上で、自己効力感を高める具体的な方法や、企業としてできる取り組みについてご紹介します。
目次
自己効力感とは?
まずは、自己効力感の概要と、自己肯定感や自尊心との違いなどについて解説します。
自己効力感とは行動の”原動力”
自己効力感(セルフ・エフィカシー)とは、自分がある行動を起こす前に抱く「遂行可能感」のことを指し、カナダの心理学者アルバート・バンデューラ博士が1977年に提唱した概念です。平たく言えば、「自分ならできる」「きっとうまくいく」という感覚のことで、この気持ちが強いほど、「自己効力感が高い」状態といえます。
程度の大小はあるものの、リスクを伴う行動を起こす時、人は誰しも「もし失敗したらどうしよう」という不安を感じるものです。自己効力感は、この不安を乗り越えて「自分なら成し遂げられる」という気持ちで行動につなげる、原動力としての役割があります。
そして、自己効力感は従業員のエンゲージメントの向上とも深く結びついています。特にワークエンゲージメントの向上には、「個人の資源」と「仕事の資源」の両方を充実させることが必要です。「個人の資源」は、「ポジティブな思考」「楽観性」「レジリエンス」といった個々が持つ考え方や資質、特性などの内的要因を指しますが、中でも重要な要素の一つとされているのが「自己効力感」です。
自己効力感と自己肯定感の違い/自尊心との違い
自己効力感と近い文脈で用いられやすい「自己肯定感」「自尊心」と「自己効力感」の違いは以下の通りです。
【自己肯定感と自己効力感の違い】
自己肯定感とは、「ありのままの自分を無条件に認め、受け入れる気持ち」のことで、自分の存在そのものに対する評価です。一方、自己効力感は自分の行動や能力に対して「できる」と信じ、評価することです。目標達成という意味では、どちらも重要であり、高めるべきものですが、自己効力感のほうが当人の能力や行動における前向きな評価・状態を指すため、ビジネスや人事領域においては後者がフォーカスされることが多いでしょう。
【自尊心と自己効力感の違い】
自尊心とは「自分自身の人格、思想、言動に対する自信」や「自らを優秀だと思う気持ち」のことで、「プライド」とも言い換えられます。自らに対して自信を持っている点は、自己効力感と共通しているものの、他者を排除するほどの絶対的な意志というニュアンスも含まれるため、ネガティブな文脈で使われることもあります。
自己効力感を生み出す5つの要因
自己効力感を生み出す要因は、主に5つです。
自己効力感を生み出す要因
- 達成経験:自分自身が何かを達成、成功すること
- 代理体験:自分以外の他者が何かを達成、成功したことを見たり知ったりすること
- 言語的説得:自分に能力があることを、言葉によって説明してもらうこと
- 生理的・情動的喚起:心身の状態が良好であること
- 想像的体験:自分自身や他者の達成、成功をイメージすること
注意すべきは、この5つの要素は常に一定ではない点です。それぞれにゲージがあって、プラスになったりマイナスになったりするイメージを持つと良いかもしれません。自己効力感を高めるためには、これらの要素をプラスに向けていくことが重要となります。
自己効力感を高めることで得られるメリット
続いては、自己効力感を高めるメリットを3つご紹介します。
モチベーションが上がる
モチベーションとは、「目標に向かって頑張ろう」「達成に向けて努力しよう」といった「意欲」「動機付け」のことです。自分以外の外的要因によって高まる「外発的動機付け」と、自らの心の中から湧き出す「内発的動機付け」があります。
自己効力感は、このうち「内発的動機付け」を高める要因です。自己効力感が高い状態では、「自分ならできるはずだ」と感じているため、モチベーションが向上します。
また困難な壁にぶつかっても、「自分ならもっとできる」「いつかはできる」という気持ちを持っているため、モチベーションを維持しやすいこともメリットの一つです。
前向きにチャレンジできる
自己効力感が高い状態では、これまで経験したことのない分野や新しい業務に挑戦する時でも、過去の自分の成功体験や経験をうまく紐付けて「きっと自分ならうまくやれるはず」という感覚を持って、前向きにチャレンジすることができます。積極的な姿勢で取り組みを進めることができるため、スキル習得や向上のスピードも高まることが期待されます。
ストレスに適切に対処できる
自己効力感が高まると、不安やストレスにも適切に対処できるようになります。例えば、「取り返しのつかないミスをしてしまったらどうしよう」「試験に落ちてしまったらどうしよう」などと過剰に心配することなく、自分の可能性を信じて、心を乱されずに進んでいけるのです。また、失敗しても落ち込みすぎたり、引きずったりすることなく、気持ちを切り替えて立ち直ることができます。
「次はこうしたら良いのではないか」「こうすれば成功するだろう」と失敗を分析して学びに変え、成功につながる行動を起こせるでしょう。
自己効力感が低いことのデメリット
自己効力感が低いと、「自分はできないかもしれない」「どうせ失敗してしまう」と思い込んでしまうため、積極的な行動が起こせず、本人が持つ本来の力を発揮できない可能性があります。ネガティブな思考に陥りやすくなり、「行動を起こす前から諦めてしまう」「失敗から立ち直るのに時間がかかる」「否定的な発言が多くなる」といったことも起こりかねません。
場合によっては、メンタルの不調が表れるなど、悪循環につながるケースも想定されます。従業員の自己効力感が低いことは、チームや組織のコミュニケーションや意思決定に悪影響を与えかねず、企業としてもデメリットが大きいといえます。
自己効力感のチェック方法(測定方法)
ここからは、自己効力感をどの程度持っているのかを測定する方法について解説します。
一般性セルフ・エフィカシー尺度とは
一般性セルフ・エフィカシー尺度(GSES:General Self-Efficacy Scale)は、1986年に坂野雄二氏と東條光彦氏によって作成されたものです。全16種の質問に対し、「はい」「いいえ」で回答し、自己効力感を客観的な数値としてチェックすることができます。「はい」を1点とし、得点範囲は0~16点です。得点が高いほど、自己効力感が高いことを示します。
一般性セルフ・エフィカシー尺度の質問項目
一般性セルフ・エフィカシー尺度の具体的な質問項目は以下の通りです。
- 1.何か仕事をする時は、自信を持ってやるほうである
- 2.過去に犯した失敗や嫌な経験を思いだして、暗い気持ちになることがよくある
- 3.友人より優れた能力がある
- 4.仕事を終えた後、失敗したと感じることのほうが多い
- 5.人と比べて心配性なほうである
- 6.何かを決める時、迷わずに決定するほうである
- 7.何かをする時、うまくゆかないのではないかと不安になることが多い
- 8.ひっこみじあんなほうだと思う
- 9.人より記憶力が良いほうである
- 10.結果の見通しがつかない仕事でも、積極的に取り組んでゆくほうだと思う
- 11.どうやったら良いか決心がつかずに仕事にとりかかれないことがよくある
- 12.友人よりも特に優れた知識を持っている分野がある
- 13.どんなことでも積極的にこなすほうである
- 14.小さな失敗でも人よりずっと気にするほうである
- 15.積極的に活動するのは、苦手なほうである
- 16.世の中に貢献できる力があると思う
引用:一般性セルフ・エフィカシー尺度
上記質問は、「行動の積極性」「失敗に対する不安」「能力の社会的位置づけ」という3つの因子に分けることができ、自身の自己効力感の顕在化に役立つでしょう。
<項目タイトル>
- 「行動の特性」…質問項目1,5,6,8,10,13,15
- 「失敗に対する不安」…質問項目2,4,7,11,14
- 「能力の社会的位置付け」質問項目3,9,12,16
【個人】自己効力感を高める方法
ここからは、自己効力感を高めるために個人ができる取り組みを紹介します。
成功体験を積む<達成体験>
成功体験を積むことで、自己効力感が高まります。簡単に達成できるような目標を数多くこなしていくだけではなく、「簡単には達成できない大きな目標をクリアする」「忍耐強く努力して壁を乗り越える」といった経験も重要です。
ただし、未達成が続くと自己効力感が下がる可能性もあるため、まずは小さな目標をクリアすることからはじめ、徐々に大きく難しい目標に挑戦していくことで成功体験を増やしていきます。
身近な成功モデルを観察する<代理体験>
成功モデルを観察し、自分に落とし込んでいくことでも自己効力感を高められます。有名人や著名人の成功例は、成功の規模や時代が異なることもあるためあまり向きません。
同じ部署の先輩や同期など、身近な人をモデルケースとし、その人が成果を出した時にどんな知識や技術、スキルを持っていたのかといったプロセスを含めて分析することで、「あの人が成功したのなら、自分も努力すればできるはず」という見通しを立てることができます。ただし、代理体験は「根拠のない自信」を生み出すこともあるため注意が必要です。
周囲からの言葉・評価をポジティブに受け止める<言語的説得>
周囲からの言葉や評価をポジティブに受け止める心がけも重要です。例えば、大きな目標に向かって努力している時に「君ならできる」「あなたには乗り越えられる力がある」と励まされたり、背中を押したりする言葉をかけられる(言語的説得)ことで、「自分ならきっとできる」という気持ちを持って前進することができます。
注意すべきは、言語的説得だけで自己効力感を高めていくことは難しい点です。また、他者の言葉に影響されすぎると、批判された時に過剰に落ち込んでしまい、かえって自己効力感が低下する場合もあります。
心身の状態を把握し、整える<生理的・情動的喚起>
自分の心身の状態を正しく把握し、意識して気分や体調を整えることも、自己効力感を高めることにつながります。気分が良いと「今ならうまくいく気がする」と、自信を持ってポジティブな気持ちで取り組めることがあるかもしれません。まずは、生活リズムなどを見直し、十分な睡眠を取る、バランスの良い食事を摂るなどして体調を整えましょう。
また、ストレスに対する対処法を持っておくことも有効です。好きな曲を聞く、運動するなど、気持ちの切り替えができる自分なりの方法を見つけましょう。
イメージトレーニングをする<想像的体験>
イメージトレーニングをすることも一つの方法です。例えば、アスリートには自分のプレーや動きをイメージしてから試合や本番に臨む人が多くいます。脳は実際の経験と、鮮明にイメージしたものを区別することが苦手だといわれているため、頭の中で成功の場面を具体的にイメージすることで、成功につながる高いパフォーマンスを発揮できます。
他人と比べず自分軸で評価する
自分の成長を振り返る時、他人と比べないことも大切です。「先月よりも仕事のスピードが上がった」「去年よりも高い成績を上げられた」など、自分の軸で成長を実感することで、他人の指標に左右されたり、一喜一憂したりしない、ぶれない自己効力感が育ちます。
【企業】従業員の自己効力感を高めるためにできること
自己効力感は不安定なものであり、一人ひとり、またその人の心身の状態によっても変化が大きいでしょう。そのため、個人の努力だけでは自己効力感を高めていくことが難しい可能性もあります。エンゲージメントの高い人材を育てるという意味でも、企業からの働きかけは重要です。最後に、従業員の自己効力感を高めるために企業ができる取り組みをご紹介します。
1on1・メンター制度の活用
上司との1on1やメンター制度などを活用し、「言語的説得」「代理体験」を得る機会を設けましょう。上司やメンターからポジティブな助言を受けることで、「きっとうまくいく」という自信がつき、自己効力感が高まっていきます。
当社が提供する管理職向けの「リーダーの1on1面談力向上研修」では、現場感覚のロールプレイの実施や具体的な行動プランの策定をサポートし、上司と部下が1対1で面談を行う「1on1」の実践ノウハウを身につけることを目指します。
コミュニケーションの活性化
組織やチームのコミュニケーションを活性化させ、職場の心理的安全性を高めることも大切です。ポジティブな言葉でお互いを認め合ったり、アサーティブ・コミュニケーションを意識して考えを伝え合ったりすることは、自己効力感の向上につながります。一方、ミスを強く責められる、否定的な意見ばかりが交わされる環境では、自信を失いかねません。
研修機会の提供
自己効力感の向上につながる研修を実施することも有効です。
ビジネスシーンにおいて必要となる対人コミュニケーションの基礎能力とされるEQ(感情マネジメント力)向上を目的とした研修です。研修では、EQ行動特性検査(EQI)で自身の行動傾向を可視化し、多数のワークから課題解決に向けた行動変容のヒントを習得、具体的な行動目標を策定・実行します。
チームワークの強化やコミュニケーションの質を向上させ、一人ひとりの自己効力感を高めることを目指します。
親しみやすい観点で整理された「ストレスを感じやすい考え方のクセ」について触れ、段階的に検討するワークで自分自身の認知も振り返ります。自分の「考え方のクセ」を振り返り、困難に対して前向きに対処するスキルを習得することで、自己効力感の向上につなげます。
自己効力感を高めエンゲージメント向上
自己効力感とは、「自分ならできる」「きっとうまくいく」という感覚で、仕事や課題に積極的に取り組んでいくための原動力となるものです。モチベーションやエンゲージメントの向上にも重要であり、個人の取り組みだけではなく、企業からの働きかけによって、自己効力感を高めやすい組織・環境づくりも重要です。一人ひとりの自己効力感を高め、生産性の高いチームを目指しましょう。