2015年12月にストレスチェック制度が義務化となり、早くも10年目を迎えます。制度の開始以降、実施する企業の割合は年々増加していますが、ストレスチェックがうまく活用されておらず、形骸化しているケースも少なくありません。このような状態では、従業員も経営層も「意味のない取り組み」と捉えてしまいます。今回は、ストレスチェックが”意味ない”と思われてしまう原因や、ストレスチェックを効果的に活用していく方法について解説します。
目次
ストレスチェックとは?
はじめに、ストレスチェックの対象や義務など制度の概要についておさらいしておきましょう。
ストレスチェックの概要
ストレスチェックとは、「従業員のメンタルヘルス不調を未然に防止する」「職場環境の改善」という2つの目的のもと実施される検査のことです。労働安全衛生法(第66条の10)に基づき、常時50人以上の労働者※を使用する事業場は、すべての労働者に対し年1回のストレスチェック実施が義務付けられています。従業員は、質問用紙やWEBの回答フォームなどを利用し、ストレスチェック調査票に回答し、事業者(企業)が調査票を回収します。
※50名未満の事業所は努力義務であるものの、メンタルヘルス不調の未然防止の観点から、できるだけ実施することが望ましいとされています。
ストレスチェックの詳しい概要や調査票サンプルなどは以下の記事をご覧ください。
「ストレスチェックは意味ない」と思われてしまう理由
ストレスチェックは大きな意義のある制度ですが、なかには「ストレスチェックは意味がない」と誤解されてしまっているケースがみられます。主な原因は次の4つです。
「ストレスチェックは意味がない」と誤解される原因
- ストレスチェックに正直に回答しづらい
- 受検率が上がらない
- 個人の結果を把握することができない
- 結果の活用方法がわからない
それぞれについて詳しくみていきましょう。
ストレスチェックに正直に回答しづらい
まず、従業員の視点で意味がないと思われる原因のひとつに、「ストレスチェックに正直に回答できない」と感じていることが挙げられます。「会社にストレスチェックの結果を知られたくない」「メンタル不調を抱えている従業員だとわかったら評価が下がるかもしれない」「高ストレス者と判断された場合の面談がめんどうだ」といった心理から、従業員が正確に回答しづらい、あえて良い結果になるような回答をするケースもみられます。
ただし、これらは誤った認識です。ストレスチェックの結果は、原則として受検した従業員本人と実施者、および実施事務従事者しか知ることができないようになっています。企業から従業員への周知が不十分だと、このような誤解が起こり得ます。
受検率が上がらない
ストレスチェックは、すべての対象者が受検することが望ましいとされていますが、メンタル不調などで受検の負担が大きい従業員に課す必要はないという理由で、従業員に対して受検・回答を義務付けてはいません。
厚生労働省の調査(ストレスチェック制度の効果的な実施と活用に向けて)では、実際にストレスチェックの対象となった従業員のうち、8割以上が回答した事業場は77.5%です。受検率が上がらない背景には、忙しくて回答する時間がないケースや、ストレスチェックの目的を理解しておらず、「関心がある人だけが受けるもの」といった誤解が生じていることが考えられます。
ストレスチェックを従業員が受検しない場合、一人ひとりがストレスに気づける機会がなくなるため、一次予防としての役割が薄れてしまいます。また受検する従業員が少ないと、集団分析の精度が落ちる、分析可能な人数を満たせず適切な分析ができない状態になる可能性もあるでしょう。このような状態では、ストレスチェックは意味ない取り組みだと感じられてしまいます。
個人の結果を把握することができない
ストレスチェックによって高ストレス者と判定された従業員本人から申し出があった場合、事業者である企業は医師による面接指導の場を提供する必要があります。しかし、本人から面接指導の申し出がない限り、企業側は高ストレス者を把握することができません。
面接指導は従業員の任意であるため、「自分は大丈夫だ」「仕事が忙しいから受けなくていいだろう」と結果を軽視してしまったり、面接指導への抵抗感などから指導を受けたがらなかったりするケースもみられます。また、面接指導を受けても形式的なもので終わってしまうことが少なからずあり、具体的な対処や支援が適切に受けられなかった場合、ストレスチェックを受検しても意味がないと感じてしまうことも少なくありません。
一方で、企業側も産業医と適切な情報提供の連携ができず、十分な事後措置ができないケースも存在します。
結果の活用方法がわからない
ストレスチェックを「受けっぱなし」「やりっぱなし」で結果を活用できていないことも、意味がないと思われる原因のひとつです。実際に、令和4年労働安全衛生調査(実態調査)を特別集計した「ストレスチェック制度 の実施状況(令和4年)」によると、ストレスチェックを行った企業のうち、集団分析を実施している企業が72.2%であったのに対し、集団分析の結果を活用していると回答した企業は57.9%と下がります。毎年ストレスチェックを実施していても、集団分析結果を担当者が「見ただけ」、経営や現場に「報告しただけ」では、本質的な改善には至らず形骸化してしまいます。
さらに従業員も、「ちゃんと受けたものの、自分の結果をどう捉えてどう改善したらいいかわからない」「ストレスチェックに回答することが何に活かされているかわからない」と感じていると、「回答しただけで職場が良くなるわけがない」と、ストレスチェックを無意味なものと捉えてしまうでしょう。
ストレスチェックの目的と効果
改めてストレスチェックの目的と効果を、以下2つの観点から詳しく解説します。
ストレスチェックの目的と効果
- 従業員のメンタル不調防止
- 職場の環境改善
従業員のメンタル不調の未然防止
ストレスチェックの大きな目的のひとつは、従業員自身のメンタル不調を未然に防止することにあります。検査をきっかけに、自分自身では気づきにくいストレスに気づいてもらうことで、セルフケアなどの行動を促します。つまり、ストレスチェックは実施することそのものに意義があるといえるでしょう。
また高ストレス者を見つけ、適切なケアにつなげることも重要な目的です。ストレスチェックによってメンタル不調の兆しを早期に発見し、メンタルヘルス疾患の発症・悪化を防ぎます。厚生労働省の調査では、ストレスチェックを受験した半数以上の従業員が、「自身のストレスを意識するようになった」と回答しています。
従業員がメンタル不調を抱えたまま働いていると状態が悪化してしまい、解決に至らない場合には、休職や離職につながりかねません。さらには、トラブルや労働災害発生の危険性も高まり、ひいては訴訟リスクを招くおそれもあるでしょう。これらは組織の運営維持にも影響を与えうる重大なリスクです。ストレスチェックは、従業員のメンタル不調によって引き起こされるさまざまなリスクを減らすことにも寄与します。
参照:厚生労働省「令和3年度ストレスチェック制度の効果検証に係る調査等事業報告書」
職場環境の改善
もうひとつの目的は、ストレスチェックの結果を部署やチームごとに集計・分析し、職場のストレス要因を可視化して、職場環境改善に活用していくことです。ストレスチェックの個人結果は、人事や総務担当者が従業員本人の同意なく自由に見られるものではありませんが、実施者に集団分析を行ってもらうことで、データをマクロ的な視点で捉えられます。
確かな”裏付け”を持って健康経営に取り組むことで、職場環境の改善につなげることができるでしょう。
ストレスチェックの効果を高める方法
ここからは、ストレスチェックの効果を高める方法をご紹介します。意義のあるストレスチェックを実施し、従業員の心身健康と職場改善につなげましょう。
ストレスチェックの重要性を啓発する
従業員が積極的に受検できる環境づくりの第一歩として、従業員に対し、ストレスチェックの趣旨や目的、意義について、具体的かつ丁寧に説明し、重要性を理解してもらいましょう。経営層やトップから全従業員に向けて発信する、受検の期間は部門長や各部署のリーダーが受検を推奨するなど、会社全体で積極的に取り組んでいく姿勢を示し続けることが大切です。
同時に、ストレスチェックの個人結果を企業側が見ることはできないため、人事評価には影響しないこと、不利益を受けることはない旨をしっかりと周知し、正直に回答してもらえるよう促します。
すべての従業員が受検できる仕組みを整える
すべての従業員が受検できるよう、仕組みを整えることも大切です。先述のように、ストレスチェックの回答を負担に感じ、受検しない従業員が多い場合は、実施時期や方法を見直すことも有効です。業務の繁忙期とストレスチェック実施時期が重ならないように調整するなどの対応を行いましょう。
また、紙ベースでの回答は配布・回収に手間がかかるだけではなく、集計や分析にも時間がかかります。オンライン回答に切り替えることで、一連のプロセスをスピーディーにできる可能性があります。WEB化する場合は、フォロー体制をしっかりと整えておくとスムーズです。
一人一台PCがない環境の職場では、スマートフォンなど個人デバイスでの受検もできるようにすると、利便性が高いでしょう。他の従業員の回答情報や入力履歴を残してしまうリスクもないため、セキュリティ面でも安心です。
メンタルヘルス対策を経営課題として捉える
ストレスチェックは従業員が個々に受検するものであり、またストレスの感じ方には個人差があるため、ストレス対策やメンタルヘルスケアは個人の問題と捉えられがちです。しかし、単なる個人の問題として片付けてしまうと、従業員への適切なサポートや職場環境の改善にはつながりにくいでしょう。
ストレスチェックを実効的な取り組みにしていくためには、職場におけるストレスやメンタルヘルス対策を「企業が主体的に解決すべき経営課題の一つ」として受け止め、向き合っていく必要があります。
集団分析の結果を活用し、改善に取り組む
ストレスチェック実施後の対応も重要です。企業側からのアプローチがなければ、従業員はストレスチェックを「受けっぱなし」になり、受検の意義が見いだせなくなってしまいます。従業員に対し、ストレスやセルフケアに対する知識を深める研修などを実施すると効果的です。
また集団分析も作成・報告して終わりではなく、職場環境の改善に役立てるため積極的に活用しましょう。問題点をピックアップし、具体的にどう改善すれば良いかを検討し、実施、効果検証するPDCAサイクルを継続します。
現場へ分析結果をフィードバックする際は、部署やチームに対する批判・指摘と受け取られないよう注意しなくてはいけません。課題解決に向けた取り組みの結果は従業員にも発信し、本気度を示しつつ、従業員に改善を実感してもらい、ストレスチェック受検への意欲向上を目指します。ストレスチェックの活用方法については、以下の記事でも詳しく紹介しています。
専門家との連携を強化する
産業医や保健師、カウンセラーなどとの連携を強化することも大切です。事業場の業務内容や環境を知っている専門家に意見をあおぐことで、より的確で効果的な改善策を打ち出せる可能性があります。また高ストレス者と判定された従業員を、スムーズに医師の面接指導につなげるという意味でも重要です。
外部サービスの活用を検討する
ストレスチェックは、計画から実施、その後の分析や改善施策の実行まで非常に工程が多く、またセキュリティの担保も課題となるため、完全に内製化することは難しい可能性が高いといえます。より深い知識が求められることも少なくないため、専門知識を有した外部サービスの活用もおすすめです。
従業員個人に向けた具体アクションを提示する
従業員にストレスチェックを「受けっぱなし」になっていると感じさせないためには、結果の見方のポイントを解説する、希望者が利用できるカウンセリング窓口があることを周知する、実際のカウンセリング体験談を紹介するなど、従業員個人として受検後に何をすべきなのか具体的なアクションを提示し、行動を促しましょう。また、ストレスチェック実施後のフォローとして、会社がどのような体制を整えているのかなどを説明する機会を設けることも大切です。
ストレスチェックの成功事例
最後に、ストレスチェックの実施と効果的な活用に成功している企業の事例をご紹介します。
株式会社シー・キューブド・アイ・システムズ
株式会社シー・キューブド・アイ・システムズは、メンタルヘルス対策を経営課題として捉え、メンタル不調の「未然予防」を重視した取り組みを実施。ストレスチェックの結果と連携した支援として、従業員が安心して利用できるカウンセリング窓口を整えたり、セルフケア学習コンテンツを提供したりしています。また、経営層も集団分析結果や医師面接、カウンセリングの件数を定期的に確認、把握し、組織全体でメンタルヘルス対策を推進しています。
詳しい内容については、事例紹介ページをご覧ください。
株式会社北川鉄工所
株式会社北川鉄工所は、メンタル不調による休業者が増えてきたことをきっかけに、メンタルヘルス対策の強化を実施。ストレスチェックの集団分析結果を踏まえて、目指す組織のビジョンや改善すべき課題を具体的なアクションプランに落とし込み、職場環境改善につなげています。ラインケア研修を管理職未満の従業員にも拡大したほか、ストレスチェックの個人結果・個人要因に沿ってレコメンドされる自分専用のセルフケアツールを導入するなどして、メンタルヘルス対策の裾野を広げる取り組みも行っています。
参考:こころの耳「株式会社北川鉄工所(広島県府中市)」
”やりっぱなし”を防ぎ、ストレスチェックを意義ある取り組みに
ストレスチェックは、メンタルヘルス不調の未然防止(一次予防)という目的があり、メンタルヘルス対策として大きな意義のある取り組みです。しかし、「受けて終わり」「結果を見て終わり」では、その効果を最大化することができません。ストレスチェックを有益なものにするためには、従業員一人ひとりに実施の趣旨や重要性を理解してもらい、積極的に受検できるような環境を整えていくこと、そしてその結果を従業員・人事が最大限活用していくことが求められます。集団分析の実施後は、改善に向けた施策の立案と実行、検証・改善のPDCAサイクルを継続し、職場環境の向上を目指すための歩みを止めないことが大切です。