人材育成手法の一つとして注目を集めているメンタリング。新入社員の精神的なサポートとしても大きな役割がある他、自ら考え主体的に行動できる人材の育成という意味でも重要な取り組みといえます。今回は、メンタリングの特徴や目的、コーチングの違い、企業におけるメンタリング実施の流れなどについて詳しくご紹介します。
目次
メンタリングとは?
はじめに、メンタリングの意味や目的、重要視されている背景についてチェックしておきましょう。
メンタリングの定義と特徴
メンタリングとは、アメリカで生まれた人材育成手法です。指導・育成を行う側を「メンター」、教えを受ける側を「メンティー」と呼びます。
日本メンター協会によれば、本来メンタリングはメンターからメンティーに対する「支援全般」を指す言葉で、対話以外にも学びにつながる書籍の紹介や集会・イベントへの同行なども含む、より包括的な概念でした。今日、日本において「メンタリング」は、「メンターとメンティーが1対1で対話を繰り返し、メンティーに気づきを与え、キャリアやメンタル面のサポートを行いながら、自発的な成長を促す取り組み」という意味合いで用いられています。
メンタリングの大きな特徴は、従来型の教育のように「こうするべき」と答えを与えるのではなく、メンターとメンティーが同じ目線でコミュニケーションを重ね、時にメンターの経験を共有したり、気づきにつながるアドバイスをしたりしながら、「どうしたら良くなるのか」を一緒に考えていく点です。メンタリングのテーマは多岐にわたり、実務的なことだけではなく、職場の人間関係やキャリアに関する悩み、プライベートに関することも含めて感じたことや思ったことを話し合います。
企業におけるメンター制度とは
企業や組織において、メンタリングを実施する取り組みのことをメンター制度と呼びます。新入社員教育の一環として行われることが多く、メンティーとなるのは主に新入社員や若手社員です。メンターは直属の上司ではなく、利害関係にない年齢や立場の近い先輩社員が担当することが一般的です。
メンター制度については、以下の記事でも詳しく解説しています。
メンタリングが重要視されている背景
日本でメンタリングやメンター制度が注目を集めるようになったのは2010年代で、当時は女性活躍推進を目的として厚生労働省が導入マニュアルを頒布し、活用が呼びかけられていました。近年は労働人口の減少や働き方の多様化、雇用の流動化が進んでいることで、組織に対する帰属意識や職場のコミュニケーションが希薄化しつつあり、従来のような人材育成が行える組織風土が崩れてきています。
また、慢性的な人手不足によって後進を育成する余裕がなくなってきていることも一因です。メンタリングによって従業員の主体性を養うことで、職場での自律的な人間関係構築やキャリア開発が期待できるため、今の時代に即した人材育成手法の一つとして注目を集めています。
メンタリングとコーチングの違い
人材育成の領域で使われることの多い「メンタリング」と「コーチング」の違いを整理しておきましょう。コーチングとは、クライアント(コーチングを受ける人)の課題解決や目的達成のために、精神面だけではなく技術面を含め、専門的かつ総合的にサポートするものです。コーチとクライアントが対話を重ねながら、クライアントに気づきを与え、内面にある答えを引き出していく点では共通する部分もありますが、サポートする対象や領域、実施期間はやや異なります。
コーチングの対象となるのは達成すべき何らかの目標を持っている従業員で、ある程度実務の経験を持っているケースが一般的です。また目標達成がゴールとなるため、コーチングの実施期間はメンタリングよりも短い傾向にあります。
一方、メンタリングは新入社員のような業務の経験がない、または経験が浅い従業員を対象とするのが一般的で、精神面のケアを中心に具体的な目標や期間を定めず実施することが多いでしょう。
メンタリングのメリット
企業においてメンタリングを実施するメリットは、主に4つです。それぞれについて詳しく解説していきます。
メンタリングを実施するメリット
- 主体的に行動できる従業員・リーダーの育成
- 従業員のエンゲージメントの向上
- 従業員同士の信頼関係の構築
- 離職率の低下
主体的に行動できる従業員・リーダーの育成
VUCA※と呼ばれる、ビジネスを取り巻く環境が刻一刻と変化する不安定な現代においては、従業員一人ひとりが自ら学び、考え、行動し、問題解決に向けて協働していくことが求められます。企業としても、激しい市場競争の中で生き残っていくためには、主体的に物事を進めていける能力を持つ、自己成長型の人材の育成が重要です。
メンタリングを通して自己と向き合うことで、困った時にどう行動すれば良いのか、どのように課題を捉えて解決していけば良いのか、自らの気づきによって見出していくサイクルを重ねることで、メンティーの自律性が養われていきます。
またメンタリングはメンティーのみならず、メンターの成長という点でもメリットがあります。メンティーをサポートするプロセスの中で、メンターは傾聴力や信頼関係を築く力など、リーダーに求められるスキルを伸ばしていけるでしょう。新入社員の育成だけではなく、将来的に組織を担っていける人材の育成という意味でも、メンタリングは重要な取り組みです。
※VUCA(ブーカ)…Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った言葉
メンティーのモチベーション向上
特に新入社員は、「期待に応えられるだろうか」「ミスしてしまったらどうしよう」「コミュニケーションを取りづらい先輩がいる」など、業務や職場の人間関係に不安を抱いていることも少なくありません。悩みを抱えた状態では、仕事へのモチベーションが低下してしまいます。
メンターが自身の経験を交え、不安や悩みにどのように対処したのか、具体的なエピソードを共有することは、メンティーの不安を軽減したり、自信につなげたりして、仕事へのモチベーションを高めるきっかけとなります。働く中でメンティーが課題や壁にぶつかった時でも、モチベーションを維持できていれば、「これは成長のチャンスだ」とポジティブに捉え、乗り越えていくことができるでしょう。
良好な人間関係の構築
メンティーとメンターがコミュニケーションを重ねることによって、双方の間に信頼関係が構築されます。良き相談相手、信頼できる存在が身近にいるということは、メンティーにとって大きな安心感につながり、企業への愛着心という文脈でも好影響を与えます。
またメンタリングをきっかけとして、他の先輩社員や他部署の同期などとのつながりができることで、メンティーが早く職場になじめるだけではなく、社内コミュニケーションが活性化し、社内の良好な人間関係が広がっていくことも期待できるでしょう。さらに、メンティーに「メンターのようになりたい」「この会社で成長したい」という気持ちが芽生えれば、エンゲージメントの向上にもつながります。
離職率の低下
「この仕事に向いていないかもしれない」「部署でうまくコミュニケーションが取れない」といった実務以外の悩みは、直属の上司や先輩には相談しにくいものです。誰にも相談できないまま悩みを抱え込んでしまうと、従業員は離職を選択してしまうこともあります。
さまざまな悩みを気軽に相談できるメンターの存在は、メンティーの心理的な負担を軽くできる他、解決に向けたヒントをもらい「もう少し頑張ってみよう」「この会社でもやりたいことは実現できるかもしれない」と前向きに捉え直すことができれば、離職の防止にもつながります。
メンタリングのデメリット
さまざまなメリットのあるメンタリングですが、一方でデメリットも存在します。
時間確保のための業務調整が求められる
メンターは、通常の業務に加えてメンティーのサポートが必要です。メンタリングを実施する時間を確保するために業務調整が必要となることも多く、メンターに負担がかかることもあるでしょう。メンター制度を運用していても、「メンタリングのためにどの程度時間を割いて良いのか」というルールが作られていないケースも少なくありません。
効果の測定が難しい
メンタリングは、メンティーのサポートを目的に行うもので、業務上の成果の獲得、目標の達成がゴールではないため、効果が明確な数字として現れにくく、取り組みの意義を感じにくいことがあります。
またメンタリングがうまくいくかは、メンター側のスキルも大きく影響し得るものです。メンターのスキルやメンティーの抱えている悩みなどはそれぞれ異なるため、他と比較するのは容易ではなく、共通の枠組みで評価できない点も、効果の測定が難しい要因の一つとして挙げられます。
メンタリングに求められるスキル・意識
ではメンタリングを実施するにあたり、指導・育成を担うメンター側にはどのようなスキルや意識が求められるのでしょうか。
傾聴をはじめとするコミュニケーションスキル
メンターは、メンティーと同じ目線に立って真摯に対話を重ね、信頼関係を築くことが求められます。そのためには、傾聴をはじめとしたコミュニケーションスキルが重要です。メンティーの話にしっかりと耳を傾けることだけではなく、うなずきやあいづちといった共感を示す姿勢、話しやすい雰囲気づくり、話題を広げる質問力など、幅広いコミュニケーションスキルが必要です。
組織に対する理解・業務に関する知識と経験
原則として、メンターはメンティーと異なる部署の従業員から選定しますが、メンティーに寄り添い、課題解決につながる助言やヒントを与えるという立場上、メンティーの担当している内容に近い業務の経験や深い理解知識を持っておくことが望ましいといえます。また、メンティーが早く職場になじめるようサポートする役割という点では、メンターが組織の風土をしっかり理解していて、かつ社内に広く人脈を持っていると理想的です。
人材育成への意欲・守秘義務意識
メンターに求められる役割や人材育成の重要性を理解し、責任を持ってメンタリングに取り組む意思も、メンターの適正要素の一つといえます。
またメンターは、相談を通してメンティーのプライベートに関わる相談や深刻な悩みを打ち明けられることもあります。メンティーの同意なく他人へ情報を知らせることのないよう、情報の取り扱い方や守秘義務を徹底する高い意識を持っていることも大切です。
メンタリングの実践方法と流れ
最後に、メンタリングの実践方法と流れについてご紹介します。
①実施の目的を明確にする
効果的な活用を目指すため、まずはメンタリングを実施する目的を明確にしましょう。新入社員の離職を課題と感じている場合は、「メンタリングによって若手従業員へのサポートを強化し、定着率を高める」、あるいは、将来的な幹部候補の育成も視野に入れている場合は、「人材を育成する文化を醸成し、自律的な人材を増やす」などのように定めます。
②ルールを定め、周知する
次に、メンタリングの実施計画や運用ルールなど、具体的なプランを検討、策定し、マニュアル化して社内に周知します。具体的には、実施期間・実施頻度・対象者・メンターの選定方法・使用ツールなどを決めます。メンターの負担が大きくなりすぎないよう、メンターとして活動する時間などについても目安を定めておくと良いかもしれません。
全社を巻き込んで取り組みを進めるために、メンタリングの重要性や必要性について説明する機会を設けることも大切です。メンタリングによって解決を目指す部分と、現場の上司が指導にあたる部分などを適切に振り分けて分担できれば、効率的な運用が可能となります。メンターが所属する部署には、メンターの業務量を調整し、メンタリングにリソースを割けるよう理解と協力を得ることが求められます。
③メンティー・メンターを選定する
メンティーとメンターを選定します。メンターの年齢や立場の他、業務経験や実績、人材育成に対する理解度や意欲、メンターのキャリア志向とマッチしているかなども考慮することがおすすめです。
④メンターの育成を行う
メンターを対象に、事前の研修を実施します。メンタリングの目的や進め方の他、対話を進める上で注意すべきコミュニケーションのポイントなどについても説明しましょう。人事や総務の担当者が説明会を実施しても良いですが、質の高いメンタリングを進めるためには、専門家を招き、メンタリングに関する知識を深めてもらうことも一つの方法です。
⑤メンタリングを実施し、効果を検証する
実際にメンタリングを行い、効果を検証した上でブラッシュアップを図る、メンターとメンティー双方にアンケート調査などを行い、目的に沿った運用がなされているかを確認しましょう。現状の運用方法から改善すべき点はあるか、メンタリングの実施中に新たに生じた問題はないかなどを振り返ります。成果が見えてこないと焦ることなく、中長期的な視点でPDCAサイクルをまわすことが大切です。
メンタリングで従業員の成長を促す
メンタリングは、新入社員や若手社員を精神面からサポートする役割がある他、これからの時代に求められる自律型人材の育成という点でも重要な取り組みであるといえます。その一方で、目的やルールがあいまいなままでの運用は効果が見えづらいだけではなく、メンターに過剰な負担がかかる可能性もあり注意が必要です。全社を巻き込み、協力を得ながら取り組みを進め、人材の成長を促しましょう。