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ストレス対処スキルの向上を目的とした介入プログラムに関する効果検証事例

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中川紗江
株式会社アドバンテッジリスクマネジメント 調査研究部 研究員

私たちが日々の仕事においてストレスに直面した際、その原因になりうるものとして、たとえば請け負っている業務の量や質、暑さや寒さ、音や光といった職場環境、上司や同僚との人間関係など様々な可能性が考えられるでしょう。ストレスが生じる原因は人それぞれであるだけでなく、生じるストレスの程度にも個人差があります。なかには、ストレスを感じていることに自身も気が付いていないという場合もあります。いずれにせよ、ストレスを溜め込みすぎて心身に支障をきたしてしまう前に、適切に対処する必要があります。

本記事では、以前筆者が行ったストレス対処スキルの向上を目的とした介入プログラムに関する効果検証事例をご紹介します。

効果検証の概要

国内のIT系企業A社に勤務する若手社員85名を対象に、認知行動療法の理論に基づいて開発された介入プログラムを実施しました。そして、プログラムの前後および受講中にストレス対処スキルに関する指標を測定し、介入の効果を検討しました。

効果検証の流れ

効果検証は2023年1月から7月にかけて、次のような流れで行われました。(図1)

効果検証の流れの図

介入プログラム

実施された介入プログラムは全6回のセッションから構成され、受講の目安は約1~2週間ごとに1セッション、最大で3か月間の受講が可能でした。

介入プログラムの内容の図

受講者は、漫画のコンテンツを通して各セッションの内容を学習した後、ワークを提出することによってカウンセラーからのフィードバック(以下FB)を受けることができました。

なお、効果検証では、カウンセラーからのFBのタイミングの違いが介入プログラムの改善効果に及ぼす影響を検討することを目的としました。したがって、全参加者はセッションごとにカウンセラーからFBを受ける【毎回FB群】と、セッションごとのFBはなく3回目の調査票の回答後にカウンセラーからまとめてFBを受ける【最後にFB群】のいずれかにランダムに振り分けられました。

調査項目

ストレス対処スキルを測定するための指標として、メンタルタフネス度と呼ばれる指標を用いました。メンタルタフネス度とは株式会社アドバンテッジリスクマネジメントが独自に開発した指標であり、「ものごとの受けとめ方(認知)」と「反応としての行動」を工夫することでストレッサーが心身に及ぼす影響をコントロールしようと試みるストレス対処スキルを測定することが可能です。「仕事における自己認識」「プラスの認知・行動」「マイナスの認知・行動」の3領域、11因子から構成されています(表1参照)。

今回の効果検証では、介入プログラムの前後、および介入プログラムのセッション3とセッション4の間、計3時点においてメンタルタフネス度を測定しました。

メンタルタフネス度の表

介入プログラムの効果

介入プログラムの全セッションの受講が完了し、なおかつアンケートにも全て回答した29名(毎回FB群15名、最後にFB群14名)を対象に、介入プログラムの開始前・受講中・修了時の3時点におけるメンタルタフネス度の偏差値を比較することで介入効果を検証しました。

その結果、メンタルタフネス度の総合偏差値について初回時と修了時を比較すると、【毎回FB群】において約5ポイントのスコアの上昇が認められ、【最後にFB群】よりも大きくスコアが変化していました。

メンタルタフネス度総合偏差値の推移グラフ

同様に、「プラスの認知・行動」に含まれる「前向きに考え直す行動」および「問題解決行動」についても初回時と修了時の偏差値を比較してみると、【毎回FB群】において約6~7ポイントのスコアの上昇が見られました。

なお、いずれの因子においても、受講中の測定時点において一時的なスコアの低下が認められましたが、これは、プログラムを受講することによってメンタルタフネス度に対する理解が進み、結果として自身の行動を振り返った際により厳しく評価したためといった可能性が考えられます。

前向きに考え直す行動および問題解決行動偏差値の推移グラフ

以上の結果をふまえ、介入プログラムにはメンタルタフネス度の一部の因子に対して改善効果を及ぼすことが明らかになりました。特に、毎回FB群におけるセッションごとにカウンセラーからのFBを受けられるという仕組みが、最後までプログラムを継続することが出来た参加者における受講継続のためのモチベーション維持や理解促進、自己の振り返りの意識づけなどに有効である可能性が示されました。

その一方で、最終的に分析対象となったのは、効果検証への参加の同意を得られた85名中29名であり、全体の約34%程度にとどまりました。プログラムの受講が完了した参加者は60名であったため、そのうちの約半数が何らかの理由でアンケートへの回答を行わなかったことになります。したがって、今回の効果検証の結果が適用される従業員像として、介入プログラムを完了させた上でアンケートにも回答するような、施策に対して協力的かつ受講意欲の高い参加者に限られることに注意が必要です。

アンケートの集計結果

本事例では、プログラム前後のメンタルタフネス度の変化について検討するだけでなく、介入プログラムやアクションプランに関するアンケートもあわせて実施しました。

Q. 今回のプログラム受講を通じて得られた考え方や行動は,今後の実生活においてどのくらい活かせそうですか。

アドバンテッジの円グラフ

また、「プログラムを受講したことにより、どのような気づきが得られたか」という自由記述式の質問に対しては、

  • ストレスに対する向き合い方を学べた
  • 自分を見つめ直す機会になった
  • ストレス反応における自分自身の傾向を掴めた

といった回答が得られました。

 Q. アクションプランを考えてから現在までに、どの程度実行することができましたか。

アクションプラン実行についての円グラフ

アクションプランを実行できた/実行できなかった理由については、それぞれ以下のような回答が得られました。

■アクションプランを実行できた理由

  • 自身の悩みをどうにかしたいと思っているから
  • 組織に周囲の方から協力を得られる体制ができているから
  • 以前よりもやる気が出たから

■アクションプランを実行できなかった理由

  • ハードルが高かった
  • アクションプランが具体性に欠けていた
  • 組織に周囲の方から協力を得られる体制ができているから
  • 時間に余裕がないから

これらの結果から、アクションプランの実行には①受講者自身のアクションプランへの意識の高さ、②適切なプラン内容(具体性・難易度など)、③周囲のサポートといった要因が影響を及ぼす可能性が示されました。アクションプランは継続して実践していくことが何よりも重要であり、そのためには本人の抱えている問題やモチベーションに合わせて適切なアクションプランを選択する必要があります。また、本人の意思だけでは継続することが難しい場合もあるため、たとえば定期的なリマインドの実施や、プログラム受講の重要性についての事前説明といったアクションプランを維持・促進するための組織的なフォロー体制も必要であると考えられます。

まとめ

今回は、ストレス対処スキルの向上を目的とした介入プログラムに関する効果検証事例をご紹介しました。

■国内IT系企業の若手社員を対象に、ストレス対処スキルを向上させるための介入プログラムを実施し、プログラムの前後および受講中のメンタルタフネス度を測定することで、介入効果の検証を行いました。

■介入プログラムにおいてセッションごとにカウンセラーのFBを受けた受講者のメンタルタフネス度の一部の因子に改善が見られ、カウンセラーによる各セッション後のタイムリーなFBが介入効果を高める可能性が示されました。

■アクションプランの実行には、本人の意識の高さや適切なプラン選定、周囲のサポートなどの要因が影響を及ぼす可能性が示されました。

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【筆者プロフィール】

中川紗江
株式会社アドバンテッジリスクマネジメント 調査研究部 研究員
ストレス科学・産業組織心理学・精神生理学が専門。嘱託・非常勤講師として同志社大学心理学部その他多数の大学・専門学校で心理学関連の講義および実習を担当(2015年4月~2018年2月)。また、京都府立医科大学神経内科および滋賀医科大学脳神経外科学講座で心理士として認知症患者を対象とした知能検査を担当(2009年4月~2018年2月)。分担執筆「感情制御ハンドブック」(2022年刊行)北大路書房

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